最終更新日: 2023/02/25
作成日: 2022/07/13

スピントルク

電気で磁気を制御する.スピンを使ったさまざまな磁気トルク現象について研究しています.

スピントルクとは

磁気記憶デバイスと磁化反転

大容量の磁気記憶デバイスとしてハードディスクドライブ(HDD)がありますが,HDDは微小な磁石の向きの列を使って情報の書き込み・読み込みを行っています. 磁石は,物理学の言葉では「強磁性体」と呼ばれ,磁石のN極とS極は一つのベクトルで表され,そのベクトルは「磁化」と呼ばれます. たとえば磁化が上向きと下向きの二つの状態を0と1に対応させることで,情報を記憶させることができます. 情報を書き込むためには,0と1を切り替えることが必要になりますが,これは磁化の向きを反転させることに対応します. この磁化の向きの反転を磁場によって行う以外に,電流によっても反転させることができます. より省エネルギーで効率的な磁化反転が,磁気記憶デバイスの性能向上には欠かせません.

磁化の従う運動方程式

磁化の向きを反転させようと考えたとき,磁化が従う運動方程式を知らねばなりません. そのような運動方程式としてLandau-Lifshitz-Gilbert (LLG)方程式がよく用いられます. 磁化の向きを表す単位ベクトルを$\bm{m} = \bm{m} (\br, t)$とすると,LLG方程式は \begin{align} \frac{\partial \bm{m}}{\partial t} & = \gamma_0 \bm{m} \times \bm{H}_{\mathrm{eff}} + \alpha_{\mathrm{G}} \bm{m} \times \frac{\partial \bm{m}}{\partial t} \label{eq:LLG} \end{align} となります. ここで$\gamma_0 > 0$は電子の磁気回転比で,$\bm{H}_{\mathrm{eff}}$は有効磁場で,$\alpha_{\mathrm{G}}$はGilbert減衰定数と呼ばれるものです. 運動方程式(\ref{eq:LLG})の意味は,磁化の時間変化(左辺)は,有効磁場による歳差(右辺第1項)と有効磁場の方向への緩和(右辺第2項)によって引き起こされるということです.

有効磁場を与えるものとして,Heisenberg交換相互作用やDzyaloshinskii-Moriya相互作用,磁気異方性や熱揺らぎなどが考えられます. ここでは特に,伝導電子のスピンによって生じる有効磁場について考えたいと思います. そのような有効磁場によって生じる磁気トルクをスピントルクと呼びます.

スピントルク

金属強磁性体には,自由に動き回れる電子(伝導電子)が存在し,伝導電子スピンと磁化は交換相互作用をしていると考えられています1. 簡単に言うと,伝導電子スピンと磁化が反並行になろうとする作用が交換相互作用です. この相互作用を介して伝導電子スピンが磁化に作用することができ,その有効磁場による磁気トルクをスピントルクと言います. 熱平衡状態では,伝導電子スピンと磁化は反並行になっているためにスピントルクは生じませんが,電流を印加するなどの非平衡状態にすることで,伝導電子スピンが磁化に作用し,スピントルクが生じます. 外部磁場に頼らずに電気的に磁化を操作できる方法として,スピントルクは精力的に研究がされています.

さまざまなスピントルク

上でも述べましたが,平衡状態ではスピントルクは生じませんが,非平衡状態になれば一般にスピントルクが生じます. 非平衡状態にする方法として,電流を印加したり,熱を加えたり,磁化を時間変化させたりすることが考えられます. これらの場合それぞれに異なるスピントルクが生じることが知られています.

電流誘起スピントルク

電流を印加することで非平衡状態になり,スピントルクが生じる場合は電流誘起スピントルクと呼びます. 電流誘起スピントルクには,磁化の空間的な構造に由来したスピン移行トルク,スピンHall効果によって生じたスピン流によるスピンHallトルク,界面スピン軌道相互作用に起因したスピン軌道トルクが知られています.

熱流誘起スピントルク

熱を加えることで非平衡状態になり,スピントルクが生じる場合は熱流誘起スピントルクと呼びます. 熱流誘起スピントルクは電流誘起スピントルクに比べて研究が進んでいません. これは理論的にも実験的にも熱の効果は扱いづらいためだと考えられます.

磁化ダイナミクスによって生じるスピントルク

磁化が時間変化すると,交換相互作用を介して伝導電子スピンにも影響が生じて非平衡状態となります. 磁化から伝導電子スピンに対して作用するほか,伝導電子スピンから磁化に作用する効果があり,これが磁化ダイナミクスによって生じるスピントルクとなります. 特に,伝導電子スピンがクエンチした磁性不純物やスピン軌道相互作用によって乱される場合に,式(\ref{eq:LLG})におけるGilbert減衰項と同じ形のスピントルクが生じることが知られています.

当研究室による研究成果

関連する論文

  1. “Strong Bias Effect on Voltage-Driven Torque at Epitaxial Fe-MgO Interface”, Shinji Miwa, Junji Fujimoto, Philipp Risius, Kohei Nawaoka, Minori Goto, and Yoshishige Suzuki, Phys. Rev. X 7, 031018 (2017) .
  2. “Alternating current-induced interfacial spin-transfer torque”, Junji Fujimoto, and Mamoru Matsuo, Phys. Rev. B 100, 220402(R) (2019) . arXiv:1910.01306
  3. “Adiabatic and nonadiabatic spin-transfer torques in antiferromagnets”, Junji Fujimoto, Phys. Rev. B 103, 014436 (2021) . arXiv:2009.02686

  1. 実のところ,磁化も電子によって生じているため,磁化と伝導電子を別の存在として扱ってよいかという根本的な問題も存在します. この問題についてはまだ議論の余地がありますが,ここでは磁化と伝導電子は別の存在として扱うというスタンスを採ります. ↩︎

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