Langevin方程式に現れる雑音項は,しばしば「環境から受けるランダムな力」「無秩序な外乱」と説明される.もちろん現象論としては便利であり,多くの場面で正しい予言も与える.しかし,影響汎関数やMori–Zwanzig形式の立場から見ると,「雑音=力学そのものに含まれるランダム性」という理解は正確ではない.
雑音は,見ていない自由度が持つ決定論的な運動を,観測自由度の方へ押し戻してきたものである.ランダム性は,その運動を「初期条件まで含めて」追い切らない(追えない)という粗視化の選択から生まれる.
一般化Langevin方程式が言っていること ¶
Mori–Zwanzig形式では,関心のある変数 $A(t)$ の運動は(射影を一つ選びさえすれば)一般化Langevin方程式として
$$\begin{align} \frac{d}{dt}A(t) = i\Omega A(t) - \int_0^t ds K(t-s)A(s) + F(t) \end{align}$$の形に書ける.ここで $K$ は記憶核(遅れをもつ摩擦),$F$ が雑音である.重要なのは,この式が「それらしい仮定をして書いた近似式」ではなく,射影に基づく恒等式として出てくる点である(近似は,後で $K$ や $F$ に対してMarkov近似などを行う段階で入る).
Mori–Zwanzigの雑音は決定論的である ¶
同じ枠組みの中で,雑音項は
$$\begin{align} F(t)=e^{t\mathcal Q\Omega}\mathcal Q\Omega A \end{align}$$として厳密に定義されていた.ここで $\mathcal P$ を「見たい自由度への射影」,$\mathcal Q=1-\mathcal P$ を「捨てた自由度への射影」,$\Omega$ を時間発展の生成子(Liouvillian)とする.この定義が意味していることは単純である.
- まず $A$ を動かそうとしたときに,見たい部分($\mathcal P$)に入らなかった成分が $\mathcal Q\Omega A$ である.
- それを捨てた世界($\mathcal Q$ 空間)の中で時間発展させ,$e^{t\mathcal Q\Omega}$ によって持ち運ぶ.
- その結果が,観測自由度にとっては「外から来た項」として見える.
したがって,ミクロな初期状態が一つに固定されているなら $F(t)$ は一意に決まり,雑音は本質的に決定論的である.雑音が確率過程として扱われるのは,捨てた自由度の初期条件を(観測者が)指定できず,分布として平均化するからである.
このとき「雑音は $A$ と独立である」という性質も,力学の気分ではなく射影の構造として現れる.典型的には
$$\begin{align} \langle F(t) A(0)\rangle=0 \end{align}$$のような直交性(内積の取り方に依存する)が成り立ち,「見たい自由度」で張った部分空間に,雑音が混ざらないように整理される.
影響汎関数での雑音は「仮想的な確率変数」である ¶
同じ物理は,影響汎関数の言葉でも見える.環境自由度を積分消去すると,系の有効作用は影響作用 $S_{\mathrm{IF}}$ を受け取る.その虚部は一般に
$$\begin{align} \mathrm{Im} S_{\mathrm{IF}} \sim \int dt dt' X_{\mathrm q}(t) N(t-t') X_{\mathrm q}(t') \end{align}$$のような二次形式を持ち,Hubbard–Stratonovich変換によって確率変数 $\xi(t)$ を導入して
$$\begin{align} \langle \xi(t)\xi(t')\rangle = N(t-t') \end{align}$$と表現できる.ここで注意すべき点は二つある.
- $\xi(t)$ は「環境が本当にサイコロを振っている」ことを意味しない.あくまで有効作用の虚部を計算上扱いやすくする表現である.
- 雑音相関 $N(t-t')$ は任意に仮定してよい量ではなく,環境の相関関数(より正確には適切な順序づけを施した相関)としてミクロ理論から決まる.
言い換えれば,影響汎関数で現れる「雑音」は,捨てた自由度の統計を織り込んだ結果として現れるものであり,それ自体が新しい仮定ではない.
散逸と雑音は同じ源を持つ ¶
一般化Langevin方程式の第2項(記憶核)と第3項(雑音)は,いずれも $\mathcal Q$ 空間の時間発展に由来する.したがって,原理的には
- 雑音だけを入れて散逸を無視する
- 散逸だけを入れて雑音を捨てる
という操作は整合的ではない(特別な極限や非物理な近似を除く).平衡では,この二つの関係が揺動散逸定理として対称化された形で現れ,雑音相関が応答(散逸)の情報と結び付く.
いつ白色雑音になり,いつならないのか ¶
現象論でよく用いられるLangevin方程式は「摩擦は瞬時」「雑音は白色($\delta$ 相関)」という形をしていることが多い.これは,環境の相関が十分短時間で減衰し,観測したい自由度がそれよりはるかに遅いという時間スケール分離があるとき,
$$\begin{align} K(t)\approx 2\gamma \delta(t), \qquad N(t)\approx 2D \delta(t) \end{align}$$と近似できるからである.しかし環境に遅いモードが残っている場合,$K(t)$ は長い尾を持ち,雑音も色付き(colored noise)になり,Markov近似は破綻する.この破綻は「確率過程を選び間違えた」ではなく,捨てた自由度が短時間で忘却されないことの反映である.
雑音を見るということ ¶
雑音を確率過程として扱うこと自体は,実用上しばしば有効である.しかし,「雑音がどこから来たのか」を忘れると,有効理論の適用限界や近似の破綻点を見誤る.雑音とは,捨てた自由度が「まだそこにいる」ことの痕跡であり,そのスペクトルや相関は環境の構造をむしろ積極的に物語る.
雑音は無秩序の別名ではない.粗視化された世界で,見えない自由度が残した署名である.