非平衡物性理論は「数式が多い」「記号が増える」「直感が効きにくい」と言われ,難しい理論として受け取られがちである.しかしその難しさの多くは,非平衡が特別に複雑だからというより,平衡が特別に単純だったことの裏返しである.
平衡では,時間並進対称性により $G(t,t')=G(t-t')$ と書け,さらにKMS条件とFDTによって,本来独立だった統計的自由度が温度で固定される.その結果,Green関数の成分数は実質的に減り,状態は一つの温度で要約できる.
非平衡ではこの「縮退」が解ける.二点関数は一般に $G(t,t')$ と二つの独立な時間変数を持ち,揺らぎは応答から再構成できない独立自由度として残る.また平衡理論で暗黙に使われていた仮定(十分な緩和,長時間極限,熱浴との等価性など)は,非平衡では仮定として明示しない限り使えない.理論が裸に見えるのは,隠れていた前提が見えるようになったからである.
この見方を採れば,「非平衡が難しい」のではなく「非平衡は正直である」と言った方が正確である.Schwinger–Keldysh形式は,非平衡を無理に単純化しない一方で,ユニタリ性と因果構造を保ったまま,仮定と近似を後から選べる言語として位置づけられる.