最終更新日: 2026/01/30
作成日: 2026/01/29

コラム5:有効温度という幻想

有効温度は限られたスケールでの指標にすぎず,KMS条件や揺動散逸関係の回復を意味しないことを強調する.

非平衡系の議論ではしばしば「有効温度(effective temperature)」という言葉が用いられる.揺動散逸定理が厳密には成立していないにもかかわらず,ある周波数帯やある観測量に限って

$$\begin{align} G^K(\omega)\approx \coth\left(\frac{\omega}{2T_{\mathrm{eff}}(\omega)}\right)\bigl(G^R(\omega)-G^A(\omega)\bigr) \end{align}$$

のような形が近似的に成り立つとき,比例係数を「温度」と呼んでしまうのである.現象論として便利な場面は確かにある.

しかし注意すべきなのは,有効温度という言葉が「あたかも平衡が回復した」かのような印象を与えやすい点である.実際には,KMS条件は成立しておらず,$G^>(\omega)$ と $G^<(\omega)$ は独立で,揺らぎは応答から再構成できない.統計的自由度は依然として残っている.

平衡で温度が一つに定まるのは,保存量以外の情報が捨てられ,KMS条件が成り立つという非常に強い条件が満たされているからである.非平衡で「一つの温度で書けない」のは異常ではなく,むしろ一般的である.

したがって有効温度は,非平衡状態を平衡に還元する原理ではなく,限定されたスケールでの比較や指標として用いるべき現象論的パラメータである.


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