最終更新日: 2026/01/29
作成日: 2026/01/29

第9章 散逸・ノイズ・エントロピー生成

粗視化で自由度を消去したとき,なぜ散逸やノイズが現れ,なぜ時間の向きが生まれるのかを整理する.散逸・ノイズ・エントロピー生成を,現象論的な「仮定」ではなく,経路確率と射影が生み出す構造として位置づける.

第8章では,粗視化を射影(周辺化)として厳密に定義し,環境自由度を消去すると有効理論が一般に非マルコフ的になることを見た.その結果として現れる「記憶核」「散逸」「雑音」を,どこまでが必然でどこからが近似なのかを切り分けたのが前章の結論である.

本章ではこの基盤の上で,散逸・ノイズ・エントロピー生成という一見別々の概念が,実は同一の射影構造の別の顔であることを示す.不可逆性はミクロ法則の破れではなく,どの自由度を記述し,どの自由度を捨てたかという記述の選択に由来する.

本章の構成

散逸を「摩擦の仮定」としてではなく,環境自由度の消去が生む必然的な項として位置づける.記憶核としての散逸と,自己エネルギー・スペクトル再編成としての散逸が同じ内容であることを確認する.

キーポイント:

  • 散逸は後付けの仮定ではなく粗視化の帰結である
  • 部分系で見えるエネルギー非保存は環境への流れとして理解される
  • 記憶核・自己エネルギーは散逸の別表現である

散逸と同時に生成されるノイズ相関を定義し,確率過程としての整合性を保証する正値性条件を整理する.量子系では非可換性が相関の組み合わせに反映され,平衡では KMS 条件が散逸核との関係を与える.

キーポイント:

  • ノイズ相関は環境相関の写像であり恣意的に選べない
  • 正値性は有効理論の安定性・整合性条件である
  • 平衡では KMS 条件が揺動と散逸を結び付ける

非平衡を経路確率として捉え,時間反転した経路との確率比からエントロピー生成を定義する.ゆらぎの定理を導き,第二法則が平均として現れること,さらに粗視化と整合的に成立することを確認する.

キーポイント:

  • 基本対象は状態ではなく経路確率である
  • エントロピー生成は経路に付随する量として定義される
  • 第二法則はゆらぎの定理の平均として現れる

時間反転対称なミクロ法則のもとで時間非対称性が現れる理由を,粗視化と経路確率の非対称性として整理する.「時間の矢」を,有効記述に内在する構造として位置づける.

キーポイント:

  • 時間の矢はミクロ法則ではなく有効記述の構造として現れる
  • 記憶(履歴依存)は過去方向にのみ伸びる
  • エントロピー生成は経路の重みの非対称性の尺度である

章のまとめ

本章の結論は次の通りである.

  1. 散逸とノイズは同じ射影操作から同時に生成され,独立に仮定されるものではない.
  2. ノイズ相関の正値性は,有効理論が物理として成立するための整合性条件である.
  3. ゆらぎの定理は経路確率の時間反転非対称性を定量化し,第二法則はその平均として現れる.
  4. 時間の矢はミクロ法則の破れではなく,粗視化された記述に内在する構造である.

関連資料

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