前節では,環境自由度を積分消去した結果が影響汎関数 $\mathcal F[X^+,X^-]$ に集約されることを見た.本節の目標は,この $\mathcal F$ から 運動方程式を引き出すことである.
鍵は二つある.第一に,影響汎関数を指数化して影響作用 $S_{\mathrm{IF}}$ を導入し,環境の効果を「作用」に押し込める.第二に,Keldysh 回転によって $X^\pm$ を古典成分 $X_{\mathrm{cl}}$ と量子成分 $X_{\mathrm{q}}$ に分解し,$X_{\mathrm{q}}$ による変分から有効運動方程式を得る.この手順により,記憶核を伴う散逸と確率過程としての雑音が 同時に現れることが明確になる.
影響作用と有効作用 ¶
影響汎関数を指数の形に書き直し
$$\begin{align} \mathcal F[X^+,X^-]\equiv \exp\bigl(i S_{\mathrm{IF}}[X^+,X^-]\bigr) \end{align}$$と定義する.$S_{\mathrm{IF}}$ を影響作用(influence action)と呼ぶ.すると環境を消去した後の重みは
$$\begin{align} e^{i(S_X[X^+]-S_X[X^-])} \mathcal F[X^+,X^-] = \exp\Bigl(i S_{\mathrm{eff}}[X^+,X^-]\Bigr) \end{align}$$すなわち
$$\begin{align} S_{\mathrm{eff}}[X^+,X^-] = S_X[X^+] - S_X[X^-] + S_{\mathrm{IF}}[X^+,X^-] \end{align}$$で定義される有効作用 $S_{\mathrm{eff}}$ にまとめられる.以後の議論では,「環境の効果」はすべて $S_{\mathrm{IF}}$ に押し込められ,$X^\pm$ の汎関数として現れると考えてよい.
Keldysh 回転:$X_{\mathrm{cl}}$ と $X_{\mathrm{q}}$ ¶
閉時間輪郭の自由度 $X^\pm$ を
$$\begin{align} X_{\mathrm{cl}}=\frac{X^+ + X^-}{2},\qquad X_{\mathrm{q}}=X^+ - X^-, \end{align}$$で書き換える(Keldysh 回転).$X_{\mathrm{cl}}$ は平均的な(古典的)経路,$X_{\mathrm{q}}$ は前進枝と後退枝の差であり,応答や揺らぎを担う.
物理的な経路は $X^+=X^-$,すなわち $X_{\mathrm{q}}=0$ に対応する.したがって,有効運動方程式は $X_{\mathrm{q}}$ に関する変分条件から得られる.
運動方程式:$X_{\mathrm{q}}$ 変分 ¶
有効作用を $(X_{\mathrm{cl}},X_{\mathrm{q}})$ で書き,停留条件
$$\begin{align} \left.\frac{\delta S_{\mathrm{eff}}[X_{\mathrm{cl}},X_{\mathrm{q}}]}{\delta X_{\mathrm{q}}(t)}\right|_{X_{\mathrm{q}}=0}=0 \end{align}$$を課すと,$X_{\mathrm{cl}}$ の有効運動方程式が得られる.この段階で典型的に現れるのが,過去積分を含む記憶(メモリ)項と散逸項であり,粗視化後の力学が一般に非マルコフ的になることが見える.
散逸核(記憶核)の出現 ¶
環境が線形応答で記述できる場合,影響作用の $X_{\mathrm{q}}$ 一次の部分はしばしば
$$\begin{align} S_{\mathrm{IF}}^{(1)} = \int dt dt' X_{\mathrm{q}}(t) \Gamma(t-t') X_{\mathrm{cl}}(t') \end{align}$$の形を持つ.ここで $\Gamma$ は散逸核(記憶核)であり,変分すると
$$\begin{align} \int^t dt' \Gamma(t-t') X_{\mathrm{cl}}(t') \end{align}$$のような畳み込みが運動方程式に現れる(因果性により上限が $t$ になる).これが非マルコフ性の直接の起源である.
虚部から雑音へ:Hubbard–Stratonovich 変換 ¶
影響作用 $S_{\mathrm{IF}}$ は一般に複素であり,その虚部は $X_{\mathrm{q}}$ の二次形式として現れることが多い:
$$\begin{align} \mathrm{Im} S_{\mathrm{IF}} = \frac{1}{2}\int dt dt' X_{\mathrm{q}}(t) N(t-t') X_{\mathrm{q}}(t'). \end{align}$$この項はデコヒーレンス(干渉の減衰)を記述するが,同時に Hubbard–Stratonovich 変換によって確率過程(雑音)として表現できる:
$$\begin{align} \exp\left[ -\frac{1}{2}\int dt dt' X_{\mathrm{q}}(t) N(t-t') X_{\mathrm{q}}(t') \right] = \int \mathcal D\xi \exp\left[ -\frac{1}{2}\int dt dt' \xi(t) N^{-1}(t-t') \xi(t') +i\int dt \xi(t) X_{\mathrm{q}}(t) \right]. \end{align}$$この $\xi(t)$ は平均ゼロで
$$\begin{align} \langle \xi(t)\rangle=0,\qquad \langle \xi(t)\xi(t')\rangle = N(t-t') \end{align}$$を満たす確率変数である.つまり,影響汎関数の虚部は雑音相関を与える.
一般化 Langevin 方程式(散逸核+雑音) ¶
上の変換により $X_{\mathrm{q}}$ は線形に現れる形になり,$X_{\mathrm{q}}$ の停留条件(あるいは $X_{\mathrm{q}}$ 積分)から
$$\begin{align} \frac{\delta S_X[X_{\mathrm{cl}}]}{\delta X_{\mathrm{cl}}(t)} +\int^t dt' \Gamma(t-t') X_{\mathrm{cl}}(t') = \xi(t) \end{align}$$という一般化 Langevin 方程式が得られる.左辺は系の力学と非局所散逸(記憶),右辺は確率過程としての雑音である.この方程式は「雑音を仮定して足した」ものではなく,環境の積分消去から 必然的に現れる.
揺動散逸と近似はどこで入るか ¶
散逸核 $\Gamma$ と雑音核 $N$ はともに環境相関から決まり,同じ粗視化から同時に生成される.平衡環境では KMS 条件により両者が関係づけられ,揺動散逸定理として現れる.
この流れで厳密なのは
- 環境を積分して $S_{\mathrm{IF}}$ を定義する,
- 有効作用 $S_{\mathrm{eff}}$ を定義する,
- 虚部を Hubbard–Stratonovich で雑音に写像する,
までである.近似は,例えば
- $S_{\mathrm{IF}}$ の $X_{\mathrm{q}}$ 展開を低次で打ち切る,
- $N(t-t')$ を白色雑音に近似する(Markov 近似),
- $\Gamma(t-t')$ を局所摩擦に近似する,
といった段階で導入される.粗視化(射影)と近似(単純化)をここで峻別しておくことが重要である.
Mori–Zwanzig との対応(見通し) ¶
この「記憶核+雑音+散逸」という構造は,次節の Mori–Zwanzig 形式における
- 記憶核 $K(t)$,
- 雑音項 $F(t)$,
と一対一に対応する.次節では,同じ内容を演算子力学の言葉で書き下すことで,雑音が「ランダムな仮定」ではなく,捨てた自由度の力学の写像として現れることをより明確にする.
つまり,
影響汎関数(量子・経路)
⇔ Mori–Zwanzig(演算子・射影)
は,同じ粗視化構造の別表現である。