8.3 影響汎関数

Schwinger–Keldysh経路上の経路積分からFeynman–Vernon影響汎関数を定義し,環境消去が非局所な記憶項と散逸・雑音(デコヒーレンス)を同時に生成することを整理する.

前節で見たように,粗視化を経路空間で定義すると,環境自由度の消去は履歴依存(記憶)を残す.量子系では,期待値や密度行列の時間発展が閉時間経路(Schwinger–Keldysh 経路)上の経路積分として表現されるため,「経路粗視化」はとくに自然な形で実装できる.

Feynman–Vernon の影響汎関数(influence functional)は,環境自由度を積分消去した結果を,系の二本の経路 $X^\pm(t)$ に対する重みとしてまとめ上げた量である.本節ではその定義と意味を整理し,非マルコフ性・散逸・雑音(デコヒーレンス)が同じ構造から現れることを見通しよく理解する.

縮約密度行列と閉時間経路

量子系では確率分布の代わりに密度行列 $\rho$ が基本対象である.系自由度を $X$,環境自由度を $Y$ とし,全系密度行列から環境を跡を取った縮約密度行列

$$\begin{align} \rho_X(t)\equiv \mathrm{Tr}_Y \rho(t) \end{align}$$

を考える.座標表示で書けば

$$\begin{align} \rho_X(X_f^+,X_f^-,t_f)=\int dY_f \rho(X_f^+,Y_f;X_f^-,Y_f;t_f) \end{align}$$

であり,量子でも粗視化が「見ない自由度を積分する」形をしていることが分かる.

非平衡では $\rho(t)$ の時間発展は

  • 右からの時間発展 $U$(前進枝)と,
  • 左からの時間発展 $U^\dagger$(後退枝)

を同時に含むため,経路は自然に二重化される.以後,系の二本の経路を $X^+(t),X^-(t)$ と書く.

影響汎関数の定義(Feynman–Vernon)

影響汎関数 $\mathcal F[X^+,X^-]$ は,「環境のあらゆる履歴を足し合わせた結果」を $X^\pm$ の汎関数として定義したものである.代表的には

$$\begin{align} \mathcal F[X^+,X^-] \equiv \int \mathcal D Y^+ \mathcal D Y^- e^{i\left(S_Y[Y^+]-S_Y[Y^-]\right)} e^{i S_{\mathrm{int}}[X^+,X^-,Y^+,Y^-]} \end{align}$$

の形で導入される(厳密には初期状態の密度行列や境界条件が入り,$S_{\mathrm{int}}$ の書き方もモデルに依存する).重要なのは,$\mathcal F$ が $Y$ を積分消去した結果を ただ一つの汎関数に圧縮している点である.

影響汎関数は「作用」ではない

影響汎関数は系 $X$ の作用そのものではなく,二重化された経路 $X^\pm$ に対する重みである.したがって,有効理論は裸の重み

$$\begin{align} e^{i(S_X[X^+]-S_X[X^-])} \end{align}$$

に影響汎関数を掛け合わせた

$$\begin{align} e^{i(S_X[X^+]-S_X[X^-])} \mathcal F[X^+,X^-] \end{align}$$

として初めて定義される.このとき $\mathcal F$ は一般に $X^+$ と $X^-$ を非自明に結合するため,縮約力学はユニタリな閉系力学ではなくなる(デコヒーレンスが現れる).

非局所性(記憶)の起源

$Y$ を消去した結果として得られる $\mathcal F[X^+,X^-]$ は,異なる時刻の $X(t)$ を結びつける時間非局所項を一般に含む.模式的に

$$\begin{align} \mathcal F[X^+,X^-] \sim \exp\left[\int dt dt' K(t,t') \Phi\bigl(X^\pm(t),X^\pm(t')\bigr)\right] \end{align}$$

のような形が現れる.これは環境が過去の情報を保持し,後の時刻にフィードバックすることを意味し,

非マルコフ性は仮定ではなく,積分消去の結果である

という前節の主張が,量子でも同様に成り立つことを示している.

実部と虚部:散逸と雑音(デコヒーレンス)

影響汎関数はしばしば

$$\begin{align} \mathcal F[X^+,X^-]\equiv \exp\bigl(i S_{\mathrm{IF}}[X^+,X^-]\bigr) \end{align}$$

と指数化され,$S_{\mathrm{IF}}$ を影響作用(influence action)と呼ぶ.一般に $S_{\mathrm{IF}}$ は複素になり,その

  • 実部:有効運動方程式に現れる散逸(摩擦)や記憶核,
  • 虚部:位相のランダム化としてのデコヒーレンス,および雑音相関,

に対応する構造が同時に現れる.つまり,

散逸と雑音は別々に仮定するものではなく,同じ粗視化から同時に生成される.

この点が,揺動散逸定理(FDT)やその非平衡拡張の出発点になる.

まとめ

  • 量子系の粗視化は,縮約密度行列 $\rho_X=\mathrm{Tr}_Y\rho$ として実装される.
  • Schwinger–Keldysh 形式では経路が二重化され,環境消去の結果は $\mathcal F[X^+,X^-]$ という一つの汎関数にまとめられる.
  • 影響汎関数は時間非局所項を含み,非マルコフ性・散逸・雑音(デコヒーレンス)が同じ構造から現れる.

次節では $\mathcal F=\exp(iS_{\mathrm{IF}})$ とおき,有効作用を構成することで,一般化 Langevin 方程式(散逸核+雑音)がどのように導かれるかを具体的に見ていく.


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