7.3 揺動散逸定理

動的KMS対称性(KMS条件)を二点関数へ落とし,Keldysh成分が温度因子とスペクトル(散逸)から一意に定まることとしてFDTを整理する.

前節で平衡条件を生成汎関数の対称性(動的KMS対称性)として捉えた.その対称性を二点関数へ落とすと,最もよく知られた帰結である揺動散逸定理(fluctuation–dissipation theorem; FDT)が得られる.

FDTは,熱平衡では

  • 自発的な揺動(相関=統計成分)
  • 外場に対する応答(散逸=因果成分)

が独立ではいられないことを主張する.Keldysh形式の言葉では,統計成分が温度とスペクトルから固定される,という形でこの主張が現れる.

Keldysh成分の役割分担

観測量 $B$ の二点関数は,Keldysh分解によって

$$\begin{align} G^R,\quad G^A,\quad G^K \end{align}$$

の3つの成分に分かれる.ここで $G^R,G^A$ は因果的応答(力学)を担い,$G^K$ は揺らぎ(状態・分布)を担う.非平衡では一般に $G^K$ は独立自由度として残るが,平衡ではKMS条件がそれを固定する.

例えば

$$\begin{align} G^R(t)=-i\theta(t)\langle[B(t),B(0)]\rangle,\qquad G^K(t)=-i\langle\{B(t),B(0)\}\rangle \end{align}$$

であり,交換子(応答)と反交換子(揺らぎ)が別々の成分として現れていることが分かる.

以降,ボース的規約に揃えて

$$\begin{align} G^>(t)=-i\langle B(t)B(0)\rangle,\qquad G^<(t)=-i\langle B(0)B(t)\rangle \end{align}$$

を導入する.このとき

$$\begin{align} G^K(\omega)\equiv G^>(\omega)+G^<(\omega) \end{align}$$$$\begin{align} \rho(\omega) \equiv i\bigl(G^>(\omega)-G^<(\omega)\bigr) = i\bigl(G^R(\omega)-G^A(\omega)\bigr) = -2\mathrm{Im} G^R(\omega) \end{align}$$

KMS条件の周波数表示としてのFDT

熱平衡($\rho_{\mathrm{eq}}\propto e^{-\beta H}$)ではKMS条件から

$$\begin{align} G^>(\omega)=e^{\beta\omega}G^<(\omega) \end{align}$$

が従う(導出は第5章5.3節).この指数関係を用いると,和 $G^K=G^>+G^<$ と差 $\rho=i(G^>-G^<)$ を温度で結び付けられ,

$$\begin{align} G^K(\omega) = \coth\left(\frac{\beta \omega}{2}\right) \bigl(G^R(\omega)-G^A(\omega)\bigr) \end{align}$$

が得られる(ボース系).これがKeldysh形式における揺動散逸定理である.同値な形として

$$\begin{align} G^K(\omega) = -i\coth\left(\frac{\beta \omega}{2}\right)\rho(\omega) \end{align}$$

とも書ける.フェルミ系では $\coth(\beta\omega/2)$ が $\tanh(\beta\omega/2)$ に置き換わる.

何が固定されたのか

上の式は,力学(スペクトル)を担う $G^R-G^A$ と温度が与えられれば,統計成分 $G^K$ が一意に決まることを意味する.平衡では「揺らぎを別途与える」自由度が消え,二点関数の情報量が縮約される.動的KMS対称性が $cl/q$ 基底で「揺らぎと応答の混合」として見えたのは,まさにこの縮約を反映している.

さらに低周波(古典)極限 $\beta\omega\ll 1$ では

$$\begin{align} \coth\left(\frac{\beta\omega}{2}\right)\simeq \frac{2}{\beta\omega}=\frac{2k_B T}{\omega} \end{align}$$

となり,FDTは「雑音は散逸に比例し,比例係数が温度で決まる」という古典的直観へ滑らかに接続する.

平衡性の診断としてのFDT

FDTは新たな仮定ではなく,KMS条件(=平衡の定義)の周波数表示である.したがってFDTの破れはKMS条件の破れ,すなわち動的KMS対称性の破れを意味する.この意味でFDTは,実時間形式の中で平衡性を最も直接に診断する指標として働く.

次節では,この平衡制約(KMS+FDT)のもとでKeldysh形式の自由度がどのように縮約され,虚時間方向への射影としてMatsubara形式がどのように回収されるのかを見ていく.


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