前節では,平衡状態の定義から実時間KMS条件を導いた.しかしKMS条件を二点関数の関係式として覚えるだけでは,「なぜそれが平衡の本質なのか」「どこまで一般化されるのか」が見えにくい.Schwinger–Keldysh形式の利点は,すべての相関関数・応答関数を生成汎関数から一括して生成できる点にある.したがって平衡条件も,個々の相関の恒等式ではなく,生成汎関数の対称性として理解するのが自然である.
その平衡対称性が動的KMS対称性(dynamical KMS symmetry)である.
生成汎関数で書いた平衡の内容 ¶
閉時間経路 $\mathcal C$ 上で,外場(ソース)を前進枝と後退枝で独立に入れた生成汎関数を
$$\begin{align} Z[J^+,J^-] = \mathrm{Tr}\left( \rho_{\mathrm{eq}} T_{\mathcal C}\exp\left[-i\int_{\mathcal C}dt\bigl(H(t)-J(t)B(t)\bigr)\right] \right) \end{align}$$と書く.ここで $J(t)$ は枝によって $J^\pm(t)$ に分かれ,$T_{\mathcal C}$ は経路順序である.このとき
- $J^+=J^-$(両枝で同じ操作)ではユニタリ性から $Z[J,J]=1$ になる(第6章).
- 一方で $\rho_{\mathrm{eq}}\propto e^{-\beta H}$ という熱平衡の選択は,前節のKMS条件と同じく,トレースの巡回性と $e^{-\beta H}$ の性質から追加の制約を生む.
この「ユニタリ性の正規化」と「熱平衡の制約」をまとめて生成汎関数の言葉で表現したものが,動的KMS対称性である.
動的KMS対称性とは何か ¶
動的KMS対称性は直感的には,時間反転(演算子の反転)と,熱的な虚時間シフト($i\beta$)を組み合わせた離散対称性である.表現の仕方は規約によっていくつかあるが,重要なのは「平衡であること」が生成汎関数の不変性として書ける点にある.この不変性は,二点関数だけでなく高次相関・非線形応答にも及ぶ一連の関係式(Ward恒等式)を生み出す.
古典極限(あるいは低周波極限)では,この対称性は $+/-$ 基底よりも $cl/q$ 基底で見通しがよい.$B^\pm$ から
$$\begin{align} B_{\mathrm{cl}}=\frac{B^++B^-}{2},\qquad B_{\mathrm{q}}=B^+-B^- \end{align}$$を定義すると,動的KMSは典型的に
$$\begin{align} B_{\mathrm{cl}}(t)\ \mapsto\ B_{\mathrm{cl}}(-t),\qquad B_{\mathrm{q}}(t)\ \mapsto\ B_{\mathrm{q}}(-t)+i\beta\partial_t B_{\mathrm{cl}}(-t) \end{align}$$の形で書ける(時間反転の偶奇や規約により符号は変わり得る).ここで重要なのは,変換が $B_{\mathrm{q}}$(差の成分)を $B_{\mathrm{cl}}$(平均の成分)の時間微分と混ぜる点である.平衡では,揺らぎ(統計成分)と応答(因果成分)が独立ではいられない,という構造がこの混合として現れている.
FDTは動的KMSの二点関数版である ¶
動的KMS対称性を二点関数のレベルへ落とすと,次節で扱う揺動散逸定理(FDT)が得られる.すなわちFDTは「たまたま成立する便利な公式」ではなく,平衡の対称性(動的KMS)が要請する整合性条件の一つとして理解される.
破れは非平衡性の診断になる ¶
外場駆動,複数温度の結合,非平衡定常状態(NESS)などでは,一般にKMS条件が破れ,それに対応して動的KMS対称性も破れる.したがって動的KMSの破れは,実時間形式の中で「平衡からのずれ」を診断する指標になる.
次節では,この構造が周波数空間で具体的にどのような関係式として現れるかを見ていく.それがFDTである.