7.1 実時間KMS条件

熱平衡状態の定義からKMS条件を実時間相関として導き,その核心が「時間発展」と「熱分布」が同じ生成子で結び付くことにあり,平衡の判定条件として機能することを整理する.

第7章では,Matsubara形式(虚時間)とSchwinger–Keldysh形式(実時間)の関係を,KMS条件と揺動散逸定理(FDT)を軸に整理する.ここで狙いたいのは「用途の分類」ではなく,「どの仮定が定義に埋め込まれているか」という論理構造である.

Keldysh形式は初期状態からの期待値を実時間で正直に書き下した一般形であり,平衡・非平衡を区別しない.一方でMatsubara形式は,平衡(KMS条件)と時間並進対称性を定義に埋め込んで虚時間の言語へ落とし込んだ特殊な記述である.したがって本章の見通しは,Matsubara形式は,Keldysh形式を平衡点(KMS成立)に制限し,虚時間方向へ射影した言語であるという包含関係として把握するのが自然である.

本節では,その平衡点を特徴づける条件として,まず実時間のKMS条件を定式化する.

熱平衡の定義とKMS条件

熱平衡状態はGibbs密度行列

$$\begin{align} \rho_{\mathrm{eq}} =\frac{1}{Z}e^{-\beta H}, \qquad Z=\mathrm{Tr} e^{-\beta H}, \qquad \beta=\frac{1}{k_B T} \end{align}$$

によって定義される.Heisenberg表示 $A(t)=e^{iHt}Ae^{-iHt}$ を用いると,任意の演算子 $A,B$ に対してKMS条件

$$\begin{align} \langle A(t)B(0)\rangle_{\mathrm{eq}} = \langle B(0)A(t+i\beta)\rangle_{\mathrm{eq}} \end{align}$$

が成り立つ.ここで $\langle \cdots\rangle_{\mathrm{eq}}=\mathrm{Tr}(\rho_{\mathrm{eq}}\cdots)$ である.

この関係はしばしば「虚時間方向の周期性」や「熱的境界条件」として紹介されるが,それは帰結であって核心ではない.核心は,平衡では時間発展($e^{-iHt}$)と熱分布($e^{-\beta H}$)が同じ生成子 $H$ によって結び付くという点にある.実際,次の恒等式

$$\begin{align} e^{-\beta H}A(t)=A(t+i\beta)e^{-\beta H} \end{align}$$

は定義から直接に従い,トレースの巡回性と組み合わせることで上のKMS関係が得られる.この意味でKMS条件は新しい仮定ではなく,「熱平衡にある」という定義そのものが相関関数に課す制約である.

KMS条件は平衡の判定条件である

重要なのは,KMS条件が単なる便利な公式ではなく,「平衡かどうか」を相関関数の言語で判定する条件になっている点である.外場駆動がある場合,複数の熱浴に接する場合,あるいは定常だが平衡ではない非平衡定常状態(NESS)では,一般にKMS条件は破れる.

以後の節では,この平衡制約がKeldysh形式の生成汎関数では動的KMS対称性として現れ,二点関数のレベルではFDTとして現れることを示す.その上で,平衡点に制限されたKeldysh形式からMatsubara形式がどのように回収されるかを整理する.


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