ここまで,Schwinger–Keldysh形式が閉時間経路,成分分解,ユニタリ性と正規化条件から自然に導かれることを見てきた.最後に重要なのは,この形式が「何を前提にしていないか」を明確にすることである.それにより,どこまでが形式の必然で,どこから近似や追加仮定が入るのかがはっきりする.
仮定していないこと ¶
Schwinger–Keldysh形式は,次のような仮定を定義の段階では一切置かない.
平衡(KMS条件) ¶
温度 $T$ や逆温度 $\beta$ は定義に現れない.平衡で重要だったKMS条件やFDTは,特定の状態(平衡密度行列)を選んだときに初めて現れる結果である.
時間並進対称性 ¶
非平衡では一般に二点関数は $G(t,t')$ と二つの独立な時間変数を持つ.$G(t,t')=G(t-t')$ を仮定しないことが,駆動系や緩和過程,過渡現象を扱う上で本質的である.
準粒子描像 ¶
鋭いスペクトルピークや長寿命励起を前提にしない.Green関数が与えるのはスペクトル(何が起こり得るか)と分布(どのような統計で起きているか)であり,それを粒子的に解釈できるかどうかは後段の問題である.
弱結合・摂動論 ¶
形式そのものは弱結合や摂動展開を必要としない.それらはDyson方程式や自己エネルギーをどのように近似するかという段階で初めて導入される.
では何を仮定しているのか ¶
仮定されているのは実は非常に少ない.
- 初期状態 $\rho_0$ が与えられていること.
- 時間発展がユニタリであること.
- 期待値をトレースとして計算すること.
これだけで理論が組めるのは,閉時間経路と正規化条件が因果性・整合性を構造として担保しているためである.
まとめ ¶
- Keldysh形式は平衡や時間並進対称性を仮定しない.
- 準粒子描像や弱結合は定義には含まれず,必要なら後から近似として導入する.
- 仮定を最小限にした一般形として書けることが,非平衡理論の出発点になる.
この章で整えた枠組みは,「平衡はKeldyshの特殊点」という見通しを定式化したものである.以後はこの言語を用いて,具体的な計算や近似の入れ方を扱う.