前節では,閉時間経路の自然な基底として $+,-$ 基底の4成分 $\{G^{++},G^{+-},G^{-+},G^{--}\}$ が現れることを見た.しかしこの表現は経路の上では自然でも,「どれが応答でどれが揺らぎか」という物理的役割が見えにくい.そこで本節では,経路の情報を失わないまま,遅延/先進/Keldysh成分へ線形変換する($R/A/K$ 分解).この分解によって因果性が行列構造として現れることが,Schwinger–Keldysh形式の核心である.
遅延・先進・Keldysh成分の定義 ¶
$+,-$ 基底の成分から,次の3つを定義する:
$$\begin{align} \begin{aligned} G^R(t,t') &\equiv G^{++}(t,t')-G^{+-}(t,t'),\\ G^A(t,t') &\equiv G^{++}(t,t')-G^{-+}(t,t'),\\ G^K(t,t') &\equiv G^{-+}(t,t')+G^{+-}(t,t') . \end{aligned} \end{align}$$これは近似でも追加仮定でもなく,成分の再配置(基底変換の定義)である.
物理的役割の分離 ¶
この分解により,各成分の意味が明確に分離される.
- $G^R$:外場に対する応答(因果性)を担う.
- $G^A$:$G^R$ の時間反転側に対応し,解析構造を担う.
- $G^K$:揺らぎ・分布など統計的情報を担う.
第5章で述べたように,非平衡では揺らぎが独立自由度として残る.その自由度が $G^K$ に集約されていることが,この分解から直ちに読み取れる.
因果性はどこに入ったのか ¶
遅延成分 $G^R$ は定義から
$$\begin{align} G^R(t,t')=0\qquad (t行列表現と下三角構造 ¶
$+,-$ 基底でのGreen関数行列を
$$\begin{align} \hat G_{+-}= \begin{pmatrix} G^{++} & G^{+-}\\ G^{-+} & G^{--} \end{pmatrix} \end{align}$$とする.これを $R/A/K$ 基底に移すには,線形変換(Keldysh回転)
$$\begin{align} \hat G_{RAK}=L \hat G_{+-} L^{-1} \end{align}$$を用いる.標準的な選び方の一つは
$$\begin{align} L=\frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}1&1\\[2pt]1&-1\end{pmatrix}, \qquad L^{-1}=L \end{align}$$である(規約により係数は変わる).この変換により
$$\begin{align} \hat G_{RAK}= \begin{pmatrix} G^R & G^K\\ 0 & G^A \end{pmatrix} \end{align}$$という下三角構造が得られる.左下成分が常にゼロであることは,「未来から過去への影響」が数学的に排除されていることを意味し,因果性が行列構造として実装されていることの表現である.
実際,前節で述べた恒等式
$$\begin{align} G^{++}+G^{--}=G^{+-}+G^{-+} \end{align}$$を用いると,下三角構造が必然であることが確認できる.
逆変換(参考) ¶
$\hat G_{+-}=L^{-1}\hat G_{RAK}L$ より,$+,-$ の4成分は
$$\begin{align} \begin{aligned} G^{++} &= \tfrac12\bigl(G^K+G^R+G^A\bigr),\\ G^{--} &= \tfrac12\bigl(G^K-G^R-G^A\bigr),\\ G^{+-} &= \tfrac12\bigl(G^K-G^R+G^A\bigr),\\ G^{-+} &= \tfrac12\bigl(G^K+G^R-G^A\bigr) \end{aligned} \end{align}$$と表される.独立成分が3つであることは,この関係式と前節の恒等式が同じ内容を表していることからも分かる.
平衡との対比 ¶
平衡ではKMS条件により
$$\begin{align} G^K(\omega)=\coth\left(\frac{\beta\omega}{2}\right)\bigl(G^R(\omega)-G^A(\omega)\bigr) \end{align}$$が成り立ち,統計成分が温度とスペクトルから固定される.すなわち平衡は,$R/A/K$ 表現で見たときに行列の自由度がさらに縮退する特殊点である.非平衡理論は,この縮退を仮定しないところから始まる.
まとめ ¶
- $R/A/K$ 分解は基底変換(成分の再配置)であり,近似や追加仮定ではない.
- $G^R,G^A$ が応答(力学)を,$G^K$ が揺らぎ(統計)を担い,非平衡の自由度が可視化される.
- 因果性は $\theta$ 関数ではなく,下三角行列構造として実装される.
次節では,この形式がユニタリ性に支えられていることを,生成汎関数の正規化条件 $Z[J,J]=1$ として明確にする.