揺動散逸定理は,因果性と安定性に加えて,平衡の条件であるKMS条件が成り立つときに成立する.したがって非平衡でFDTが破れる理由は,本質的にはKMS条件が成り立たないことに尽きる.本節では,KMS条件が何を固定していたのかを思い出し,それが失われるとGreen関数のどの自由度が復活するのかを整理する.
KMS条件が固定していたもの ¶
KMS条件はlesser/greater Green関数の間の関係
$$\begin{align} G^>(\omega)=e^{\beta\omega}G^<(\omega) \end{align}$$(規約に依存)として現れ,平衡では励起と消滅の確率が単一の温度で固定されることを意味する.この関係があるからこそ,揺らぎ($G^K$)は応答($G^R-G^A$)から再構成でき,FDTが成立した.
非平衡で自由になるもの:統計成分 ¶
非平衡状態では,一般に上の指数関係は成り立たない.その結果,
- $G^>(\omega)$ と $G^<(\omega)$ が独立に残る.
- $G^K(\omega)=G^>(\omega)+G^<(\omega)$ が自由度として残る.
つまり,揺らぎはもはや応答から決まらず,状態・駆動・散逸の履歴を保持する独立な情報になる.
応答は残る ¶
重要なのは,非平衡でも応答(遅延Green関数)は引き続き因果性と安定性に支配される点である.非平衡で変わるのは主として統計的自由度であり,力学的制約(解析性,Kramers–Kronig関係,正値性など)が突然失われるわけではない.この「力学はそのままに統計が解放される」という見通しが,非平衡理論を整理する上で有用である.
有効温度という試み ¶
非平衡系ではしばしば,特定の周波数帯や観測量に限って
$$\begin{align} G^K(\omega)\stackrel{?}{=} \coth\left(\frac{\omega}{2T_{\mathrm{eff}}(\omega)}\right)\bigl(G^R(\omega)-G^A(\omega)\bigr) \end{align}$$のようにFDTに似た形を保つような「有効温度」を導入する.これは便利な記述になり得るが,KMS条件(平衡の対称性)そのものが回復したわけではない.有効温度は一般に観測量依存・周波数依存であり,平衡の一温度記述とは異なる.
まとめ ¶
- FDTはKMS条件の帰結であり,非平衡ではKMS条件が一般に破れるためFDTも成立しない.
- 非平衡では揺らぎ(統計成分)が独立自由度として残り,履歴や駆動の情報を保持する.
- 応答(遅延/先進成分)は非平衡でも因果性と安定性により引き続き制約される.
次章では,この独立自由度を最初から保持したまま理論を構成するSchwinger–Keldysh形式を導入し,実時間での因果構造を整理する.