5.4 仕事・雑音・温度

仕事(散逸)と雑音(揺らぎ)を区別し,平衡ではFDTにより両者の比が温度で固定される一方,非平衡では単一温度による統一が一般に失われることを述べる.

揺動散逸定理は,揺らぎと応答を結び付けるだけでなく,「仕事」「雑音」「温度」という,一見すると別々に導入される概念を同じ構造の三つの側面として統一する.本節では,それぞれがGreen関数のどの部分に現れるのかを整理し,温度がこの文脈で何を測っているのかを明確にする.

仕事:散逸として現れる

外場 $f(t)$ が系にする平均仕事率は,線形応答では応答関数の虚部に関係する.模式的に

$$\begin{align} \overline{\dot W} \propto \mathrm{Im} G^R(\omega) \end{align}$$

であり,$\mathrm{Im} G^R$ はエネルギー吸収(散逸)を表す.この意味で「仕事」は相関の話ではなく,因果的応答の構造として測られる量である.

雑音:揺らぎとして現れる

一方,雑音は外場がなくても存在する自発的な揺らぎであり,対称相関

$$\begin{align} C(\omega)=\frac{1}{2}\langle\{B(\omega),B(-\omega)\}\rangle \end{align}$$

のような相関関数で記述される.雑音は因果性を持たず,状態に強く依存する.したがって,仕事(散逸)と雑音(揺らぎ)は,通常は独立に与えなければならない.

FDT:仕事・雑音・温度を結び付ける

平衡ではFDTにより

$$\begin{align} C(\omega)=\frac{1}{2}\coth\left(\frac{\beta\omega}{2}\right)\rho(\omega) \end{align}$$

が成り立つ.ここで $\rho(\omega)=-2 \mathrm{Im} G^R(\omega)$ である.この式は,雑音(揺らぎ)が散逸(仕事のしやすさ)と温度によって固定されることを意味する.

温度は何を測っているのか

この文脈で温度は,「エネルギーの平均」のような力学的量ではなく,揺らぎと散逸の比を固定する尺度として現れる.言い換えれば,温度とは「どれだけ揺らげばどれだけ散逸するか」を決めるパラメータであり,KMS条件が許す唯一のスケールである.

平衡で一つの温度で足りること自体が,保存量以外の情報が捨てられ,KMS条件が成立しているという強い仮定を反映している.

非平衡では何が起きるか

非平衡では,揺らぎも散逸も存在し得るが,両者を結ぶ普遍的関係(単一の温度)は一般には存在しない.周波数帯や観測量を限定して「有効温度」を導入できる場合もあるが,それはKMS条件が回復したことを意味しない.非平衡で温度が一意に定まらないのは異常ではなく,平衡で抑え込まれていた統計的自由度が復活した結果である.

まとめ

  • 仕事(散逸)は応答関数の虚部として現れる.
  • 雑音(揺らぎ)は相関関数として現れ,状態に依存する.
  • 平衡ではFDTが両者を温度で結び付け,温度は揺らぎと散逸の比を固定する尺度になる.

次節では,なぜ非平衡ではFDTが一般に破れるのかを,KMS条件の破れとして整理し,非平衡で何が「自由に残る」のかを明確にする.


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