最終更新日: 2026/01/30
作成日: 2026/01/29

第5章 揺動散逸定理

平衡でのみ成立する揺動散逸定理を,「揺らぎと応答の独立性が失われる」という観点から整理する.KMS条件からの最小限の導出を通して,FDTが追加仮定ではなく平衡の言い換えであることを確認し,非平衡で何が自由度として残るのかを明確にする.

第4章では,実時間の応答関数が因果性によって強く制約されること,そしてその情報がスペクトル関数に集約されることを見た.しかしそれだけでは「揺らぎ」は決まらない.一般に,応答(力学)と揺らぎ(統計)は独立である.

本章の主役である揺動散逸定理(FDT)は,この独立性が平衡では失われることを主張する.平衡は,KMS条件によって相関関数の自由度が削られた特殊点であり,FDTはその削減が最も露骨に現れる関係式である.

本章の構成

まず一般論として,応答は因果的な変化,揺らぎは外場なしの相関であり,性格が根本的に異なることを確認する.Keldysh表現では,$G^{R/A}$(応答)と $G^K$(揺らぎ)が独立に現れることが最初から可視化される.

キーポイント:

  • 応答は因果性と安定性に制約される($G^R$)
  • 揺らぎは状態・分布・履歴に依存する(相関,$G^K$)
  • 一般には両者を結ぶ必然性はなく,平衡が特殊である

周波数空間での代表的なFDTの形を示し,それが何を固定しているのかを解釈する.FDTとは「温度因子が付いた等式」ではなく,平衡で統計成分がスペクトルから一意に決まるという主張である.

キーポイント:

  • $C(\omega)$(揺らぎ)と $\rho(\omega)$(散逸)を温度が結ぶ
  • Keldysh成分 $G^K$ が $G^R-G^A$ から固定される
  • 平衡では独立な統計的自由度が減っている

lesser/greater Green関数 $G^>,G^<$ を導入し,KMS条件が与える指数関係からFDTを導く.FDTが独立の仮定ではなく,平衡(KMS)の直接の帰結であることを最短距離で確認する.

キーポイント:

  • KMS条件は $G^>(\omega)=e^{\beta\omega}G^<(\omega)$ を与える
  • スペクトル $\rho=i(G^>-G^<)$ から揺らぎが再構成できる
  • 平衡の情報は温度因子として周波数表示に入る

FDTを「仕事(散逸)」「雑音(揺らぎ)」「温度」という言葉で読み替える.応答の虚部がエネルギー吸収を測り,相関が雑音を測ること,そして温度が両者の比を固定する尺度であることを整理する.

キーポイント:

  • 散逸は主として $\mathrm{Im}G^R$ に現れる
  • 雑音は対称相関(揺らぎ)として現れる
  • 温度は「揺らぎと散逸の比」を決めるパラメータである

非平衡でFDTが破れる理由を,KMS条件が成り立たないこととして理解する.応答の制約(因果性・安定性)は残る一方で,統計成分が独立自由度として復活する点が,非平衡理論の核心になる.

キーポイント:

  • KMSが破れると $G^K$ は応答から決まらない
  • 非平衡でも $G^{R/A}$ は因果性・安定性により制約される
  • 「有効温度」は便利でも,一般にKMSの回復を意味しない

章のまとめ

本章で押さえるべき結論は次の通りである.

  1. 一般には,応答($G^{R/A}$)と揺らぎ($G^K$)は独立である.
  2. 平衡ではKMS条件が独立性を失わせ,FDTとして「揺らぎ=温度因子×散逸」が現れる.
  3. FDTは追加仮定ではなく,平衡の条件(KMS)の言い換えである.
  4. 非平衡では統計成分が自由度として残り,その保持を前提に理論を組む必要がある.

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