第4章では,実時間の応答関数が因果性によって強く制約されること,そしてその情報がスペクトル関数に集約されることを見た.しかしそれだけでは「揺らぎ」は決まらない.一般に,応答(力学)と揺らぎ(統計)は独立である.
本章の主役である揺動散逸定理(FDT)は,この独立性が平衡では失われることを主張する.平衡は,KMS条件によって相関関数の自由度が削られた特殊点であり,FDTはその削減が最も露骨に現れる関係式である.
本章の構成 ¶
まず一般論として,応答は因果的な変化,揺らぎは外場なしの相関であり,性格が根本的に異なることを確認する.Keldysh表現では,$G^{R/A}$(応答)と $G^K$(揺らぎ)が独立に現れることが最初から可視化される.
キーポイント:
- 応答は因果性と安定性に制約される($G^R$)
- 揺らぎは状態・分布・履歴に依存する(相関,$G^K$)
- 一般には両者を結ぶ必然性はなく,平衡が特殊である
周波数空間での代表的なFDTの形を示し,それが何を固定しているのかを解釈する.FDTとは「温度因子が付いた等式」ではなく,平衡で統計成分がスペクトルから一意に決まるという主張である.
キーポイント:
- $C(\omega)$(揺らぎ)と $\rho(\omega)$(散逸)を温度が結ぶ
- Keldysh成分 $G^K$ が $G^R-G^A$ から固定される
- 平衡では独立な統計的自由度が減っている
lesser/greater Green関数 $G^>,G^<$ を導入し,KMS条件が与える指数関係からFDTを導く.FDTが独立の仮定ではなく,平衡(KMS)の直接の帰結であることを最短距離で確認する.
キーポイント:
- KMS条件は $G^>(\omega)=e^{\beta\omega}G^<(\omega)$ を与える
- スペクトル $\rho=i(G^>-G^<)$ から揺らぎが再構成できる
- 平衡の情報は温度因子として周波数表示に入る
FDTを「仕事(散逸)」「雑音(揺らぎ)」「温度」という言葉で読み替える.応答の虚部がエネルギー吸収を測り,相関が雑音を測ること,そして温度が両者の比を固定する尺度であることを整理する.
キーポイント:
- 散逸は主として $\mathrm{Im}G^R$ に現れる
- 雑音は対称相関(揺らぎ)として現れる
- 温度は「揺らぎと散逸の比」を決めるパラメータである
非平衡でFDTが破れる理由を,KMS条件が成り立たないこととして理解する.応答の制約(因果性・安定性)は残る一方で,統計成分が独立自由度として復活する点が,非平衡理論の核心になる.
キーポイント:
- KMSが破れると $G^K$ は応答から決まらない
- 非平衡でも $G^{R/A}$ は因果性・安定性により制約される
- 「有効温度」は便利でも,一般にKMSの回復を意味しない
章のまとめ ¶
本章で押さえるべき結論は次の通りである.
- 一般には,応答($G^{R/A}$)と揺らぎ($G^K$)は独立である.
- 平衡ではKMS条件が独立性を失わせ,FDTとして「揺らぎ=温度因子×散逸」が現れる.
- FDTは追加仮定ではなく,平衡の条件(KMS)の言い換えである.
- 非平衡では統計成分が自由度として残り,その保持を前提に理論を組む必要がある.