ここまで,実時間Green関数が満たすべき構造として,因果性(解析性),スペクトル関数,正値性,Kramers–Kronig関係を見てきた.これらは結局,「そのGreen関数が物理的に安定な系を記述しているか」という問いに収束する.本節では,遅延Green関数の極の位置と散逸の符号から読み取れる安定性条件を整理し,近似や有効理論で何をチェックすべきかを明確にする.
安定性とは何か ¶
ここで言う安定性とは,外場がない限り系が自発的にエネルギーを増やさず,摂動が指数的に暴走しないという意味である.線形応答の言葉では,「小さな摂動が時間とともに増幅されない」ことが安定性の最小要請になる.
遅延Green関数の極と安定性 ¶
遅延Green関数の極の位置は,摂動に対する応答の時間発展を直接反映する.典型的には
- 極が下半平面にある:摂動は減衰する(安定).
- 極が実軸上にある:無限寿命モード(限界的安定).
- 極が上半平面にある:指数的増大(不安定).
したがって物理的に安定な系では,遅延Green関数は上半平面に極を持たないことが要請される.
散逸(虚部)の符号と受動性 ¶
外場が系にする仕事やエネルギー吸収は,応答関数の虚部に関係する.平衡にある受動的な系では,外場がない限り系が外へ仕事をすることはない.この意味で,周波数領域では
$$\begin{align} \omega \mathrm{Im} G^R(\omega)\ge 0 \end{align}$$のような不等式(規約に依存)が安定性・受動性の条件として現れる.この条件は,スペクトル関数の正値性と同根であり,熱力学的な第二法則的制約とも整合している.
因果性だけでは十分でない ¶
因果性(遅延性)は「未来が過去に影響しない」ことを保証するが,それだけで安定性が保証されるわけではない.例えば反転分布を持つ増幅系は因果的であり得るが,受動性を失っている.物理的な系を記述するには,因果性と整合した形で安定性(正値性・受動性)も満たす必要がある.
近似・粗視化で安定性が壊れるとき ¶
有効理論や近似の後では,高周波成分の切断,不適切なマルコフ近似,非エルミート化などにより,安定性条件が破れることがある.具体的な兆候は
- スペクトル関数が負になる.
- 極が上半平面に現れる.
- 応答が非物理的に増幅する.
といった形で現れる.その場合は,近似が物理的整合性を壊している可能性が高い.
まとめ ¶
- 安定性は「外場がない限りエネルギーが暴走しない」という物理的要請である.
- 遅延Green関数の極が上半平面にあると指数的不安定を意味する.
- 受動性(散逸の符号)や正値性は安定性と直結し,有効理論の健全性チェックになる.
- 因果性だけでは安定性は保証されないため,両者を同時に満たす必要がある.
次章では,平衡でのみ成立する揺動散逸定理(FDT)を扱う.そこで初めて,応答($G^R$)と揺らぎ(分布)がKMS条件によって結び付けられることを具体的に見る.