前節までで,因果性と解析性,そしてスペクトル関数と正値性を整理した.ここでは,解析性が与える最も基本的な積分関係であるKramers–Kronig関係を導く.Kramers–Kronig関係は「便利な積分公式」ではなく,因果性が応答関数に課す必然的制約である.
Kramers–Kronig関係 ¶
遅延Green関数 $G^R(\omega)$ に対して,実部と虚部は
$$\begin{align} \mathrm{Re} G^R(\omega) = \frac{1}{\pi} \mathcal P\int_{-\infty}^{\infty} d\omega' \frac{\mathrm{Im} G^R(\omega')}{\omega'-\omega} \end{align}$$および逆の関係で結び付けられる.ここで $\mathcal P$ は主値積分である.この式は「実部と虚部が独立ではあり得ない」ことを主張している.
因果性からの導出(概略) ¶
遅延応答は時間領域で
$$\begin{align} G^R(t)=0\qquad (t<0) \end{align}$$を満たす.複素周波数 $z=\omega+i\eta$($\eta>0$)に対して
$$\begin{align} G^R(z)=\int_{0}^{\infty} dt e^{izt} G^R(t) \end{align}$$と定義すれば,$e^{-\eta t}$ により積分は収束し,$G^R(z)$ は上半平面 $\mathrm{Im} z>0$ で解析的になる.解析関数に対するCauchyの積分公式を,上半平面で実軸に沿って閉じた輪郭に適用すると(無限遠での適切な減衰を仮定して半円寄与を捨てれば),実軸上の境界値 $G^R(\omega+i0^+)$ から
$$\begin{align} G^R(\omega+i0^+) = \frac{1}{\pi i} \mathcal P\int_{-\infty}^{\infty} d\omega' \frac{G^R(\omega'+i0^+)}{\omega'-\omega} \end{align}$$が得られる.両辺の実部と虚部を比較することでKramers–Kronig関係が従う.要点は,因果性が解析性を保証し,解析性が実部と虚部を結び付けるという論理である.
物理的意味:反応と散逸は独立でない ¶
遅延Green関数の虚部は散逸(エネルギー吸収)に対応し,実部は外場に対する反応の仕方を表す.Kramers–Kronig関係は,散逸がある以上,それに整合する反応が因果性によって決まることを意味する.したがって,虚部だけを都合よく与えて実部を自由に選ぶことはできない.
スペクトル関数との関係 ¶
スペクトル関数 $\rho(\omega)=-2 \mathrm{Im} G^R(\omega)$ を用いれば,Kramers–Kronig関係は「応答の全情報がスペクトル関数に符号化される」ことを保証する.実部はスペクトル関数のHilbert変換に過ぎず,スペクトルが与えられれば応答関数の構造は(境界条件を除けば)ほぼ固定される.
まとめ ¶
- Kramers–Kronig関係は因果性の帰結であり,応答関数の実部と虚部を結び付ける.
- 因果性 $\Rightarrow$ 解析性 $\Rightarrow$ 分散関係という流れが本質である.
- スペクトル関数は応答の情報を符号化し,実部はそのHilbert変換で与えられる.
次節では,これらの構造が物理として健全であるために満たすべき安定性条件を整理し,有効理論や近似で何をチェックすべきかを明確にする.