第I部では,Green関数が応答を記述するための言語であり,因果性を要求すると遅延Green関数がほとんど一意に現れることを見た.第II部では,この「因果性」という要請を,実時間Green関数の数学的構造としてどう実装するかを整理する.とくに,遅延/先進Green関数の定義と解析性,そしてKeldysh形式で因果性が行列構造として保護されることが,後の議論の基礎になる.
応答と因果性 ¶
外場 $f(t')$ が演算子 $B$ を通じて系に作用するとき,観測量 $A$ の一次の変化は
$$\begin{align} \delta\langle A(t)\rangle=\int dt' G^R_{AB}(t,t') f(t') \end{align}$$と書ける.因果性は「原因が結果に先行する」という要請であり,線形応答では
$$\begin{align} G^R_{AB}(t,t')=0 \qquad (t遅延Green関数と先進Green関数 ¶
因果性を満たす二点関数として,遅延(retarded)Green関数を
$$\begin{align} G^R_{AB}(t,t') = -i \theta(t-t')\langle [A(t),B(t')]_{\pm}\rangle \end{align}$$と定義する(規約によって係数は変わり得る).ここで $[\cdot,\cdot]_{\pm}$ は交換子/反交換子であり,$\theta$ 関数が時間の向きを明示する.
対になる量として先進(advanced)Green関数
$$\begin{align} G^A_{AB}(t,t') = +i \theta(t'-t)\langle [A(t),B(t')]_{\pm}\rangle \end{align}$$も定義できる.$G^A$ は直接の物理応答を表す量ではないが,解析構造を記述する上で不可欠である.
周波数空間での因果性:解析性 ¶
遅延Green関数が $t<0$ でゼロであることは,周波数空間では上半平面解析性として現れる.すなわち $G^R(\omega)$ は $\mathrm{Im} \omega>0$ の領域で解析的であり,この解析性がKramers–Kronig関係やスペクトル表示の出発点になる.第I部で繰り返し述べたように,解析性は数学的な追加仮定ではなく,因果性の帰結である.
Keldysh形式:因果性の構造的実装 ¶
Schwinger–Keldysh形式では,期待値
$$\begin{align} \langle O(t)\rangle=\mathrm{Tr}\left[\rho U^\dagger(t) O U(t)\right] \end{align}$$が本質的に二つの時間発展(前進と後退)を含むことを正直に書き下す.その結果,Green関数は「どの枝の演算子か」という添字を持つ $2\times2$ 行列として整理される.適切な線形変換($R/A/K$ 基底)を選ぶと,Green関数は
$$\begin{align} \hat G= \begin{pmatrix} G^R & G^K \\ 0 & G^A \end{pmatrix} \end{align}$$という下三角の形を取る.左下成分がゼロであることは,「未来の自由度が過去の自由度に影響を与えない」という因果性が,$\theta$ 関数のような個々の式ではなく構造として実装されていることを意味する.
この点がKeldysh形式の実用上の強みである.近似や粗視化を行っても行列構造を保つ限り,因果性は自動的に保護される.
有効理論と因果性 ¶
粗視化や有効理論では,応答が非局所になったり記憶効果が現れたりするため,単純な $\theta(t-t')$ だけで応答を表すのが難しくなることがある.それでも「未来が過去に影響しない」という因果性そのものは失われてはならない.実時間Green関数の形式は,その要請を破らない形で記述を組み立てる枠組みを与える.
まとめ ¶
- 因果性は物理的応答の定義に課される条件であり,遅延Green関数はそれを $\theta$ 関数で実装する.
- 因果性は周波数空間で解析性として現れ,Kramers–Kronig関係やスペクトル表示を導く.
- Keldysh形式では,因果性は行列の下三角構造として実装され,近似のもとでも保護される.
次節では,遅延Green関数の虚部として定義されるスペクトル関数を導入し,実時間理論の物理的中核である「励起の重み」とその制約(正値性)を議論する.