前節までで,因果性が解析性を要求し,その解析性がスペクトル表示として具体化されることを見た.Matsubara形式から実時間の応答を得るときに行う解析接続
$$\begin{align} i\omega_n \to \omega+i0^+ \end{align}$$は,多くの教科書では「手続き」として紹介される.しかし本質的な問いは,なぜその置き換えが物理的に正当化されるのか,である.
解析接続は「仮定」ではなく「読み替え」である ¶
まず強調すべき点は,解析接続は新しい物理的仮定を付け加える操作ではないことである.解析接続が可能かどうかは,もともと相関関数が「同一の解析関数」として複素平面上に延長できる構造を持っているかどうかで決まる.
Matsubara形式は虚軸上の離散点 $i\omega_n$ で相関関数を与える.一方,実時間の遅延Green関数は実軸への極限 $\omega+i0^+$ で定義される.両者が同じ解析関数の別々の切り口であるなら,解析接続は「虚軸で得た情報を実軸へ運ぶ」操作として意味を持つ.
解析接続を可能にする三つの条件 ¶
Matsubara Green関数と実時間Green関数を結び付けるために必要な条件は,次の三つに要約できる.
(1) 因果性(遅延性) ¶
遅延Green関数は $t<0$ でゼロであり,その結果として $G^R(\omega)$ は複素周波数平面の上半平面で解析的である.因果性は解析性の起源である.
(2) スペクトル表示の存在 ¶
Green関数がスペクトル関数 $\rho(\omega)$ を用いて
$$\begin{align} G(z)=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{d\omega'}{2\pi} \frac{\rho(\omega')}{z-\omega'} \end{align}$$と表せるとき,$z$ を実軸から複素平面へ自然に拡張できる.同じ $\rho(\omega)$ を共有している限り,虚軸(Matsubara)と実軸(実時間)で見ている対象は一致している.
(3) KMS条件(平衡) ¶
Matsubara形式は,KMS条件を仮定した虚時間相関関数である.虚時間方向の周期性(ボース)/反周期性(フェルミ)があるからこそ,Matsubara周波数が現れ,虚軸上の離散点で相関関数が与えられる.このとき,虚時間Green関数は同一の解析関数を離散点でサンプリングしたものとして解釈できる.
なぜ非平衡では解析接続できないのか ¶
非平衡ではKMS条件が成り立たず,虚時間周期性が失われる.その結果,Matsubara形式そのものが一般には定義できないか,定義できたとしても実時間の応答と「同一の解析関数」を共有する理由がない.解析接続が難しいのではなく,必要な仮定が欠けているのである.
数値解析で「不安定」に見える理由 ¶
数値的な解析接続が不安定と言われるのは,虚軸上の有限個のデータから実軸上の連続関数を復元するという逆問題になっているためである.ここでの困難さは,物理的な曖昧さというより,情報が本質的に不足していること(有限精度・有限点のデータでは高周波構造や鋭いピークを一意に決められない)に由来する.
まとめ ¶
- 解析接続は新しい仮定ではなく,同一の解析関数を異なる領域から読み取る操作である.
- 因果性,スペクトル表示,KMS条件がそろって初めて,Matsubara形式と実時間形式が同一の解析構造を共有する.
- 非平衡ではKMS条件が欠けるため,解析接続は一般に成立しない.
- 数値的困難さは,虚軸データから実軸関数を復元する逆問題に由来する.
この意味で,解析接続を理解することは,平衡がどれほど強い仮定であるかを理解することに等しい.