第2章では,平衡が単なる定常性ではなく,詳細釣り合い(古典)やKMS条件(量子)として相関関数に現れる強い制約であることを見た.Matsubara形式は,その制約を最初から定義に埋め込んだ「平衡専用の言語」である.
一方で,Matsubara Green関数はしばしば「虚時間」「解析接続」といった言葉とともに,計算手続きとして紹介されがちである.本章では,虚時間がどこから現れるのか,なぜWick回転や解析接続が物理的に正当化されるのかを,因果性と解析性の観点から丁寧に整理する.
本章の構成 ¶
虚時間は計算の便宜ではなく,KMS条件が示す平衡相関関数の内在的構造であることを確認する.Wick回転 $t\to -i\tau$ の意味を,物理的解釈を保ったまま整理する.
キーポイント:
- 虚時間は平衡相関関数に内在する(KMS条件)
- 温度 $\beta^{-1}$ は虚時間方向の長さとして現れる
- Wick回転は解析性があって初めて正当化される
因果性が周波数空間での解析性(上半平面正則性)として現れることを示し,Kramers–Kronig関係やスペクトル表示の準備を行う.
キーポイント:
- 因果性 $t<0$ でゼロ → 上半平面解析性
- 解析性は仮定ではなく因果性の帰結
- 解析構造があるからこそ表現を行き来できる
Green関数の情報が実軸上のスペクトル関数 $\rho(\omega)$ に符号化されることを示し,Matsubara形式と実時間形式が同じ物理スペクトルを共有することを明確にする.
キーポイント:
- $\rho(\omega)$ は励起の位置・寿命・重みを与える
- 「力学(スペクトル)」と「統計(分布)」の分離
- Matsubara と実時間は同じ $\rho$ の別表示
解析接続が「仮定の追加」ではなく「読み替え」であることを強調し,そのために必要な条件(因果性・スペクトル表示・KMS条件)を整理する.非平衡で解析接続が一般に成立しない理由と,数値的に不安定に見える理由も位置づける.
キーポイント:
- 解析接続は同一の解析関数を別の領域から読む操作
- 因果性・スペクトル表示・KMS条件がそろって初めて成立
- 数値解析では逆問題になり不安定に見える
章のまとめ ¶
本章の結論は次の三点に集約できる.
- 虚時間はKMS条件が示す平衡相関関数の構造であり,平衡の強い仮定が「便利さ」として現れている.
- 因果性は解析性を要求し,解析性はスペクトル表示を可能にする.
- 解析接続は同じ解析構造の読み替えであり,新しい物理を付け加える手続きではない.