2.2 保存量とエルゴード性

平衡記述が保存量の選択とエルゴード性の仮定に依存することを示し,準保存量やエルゴード性破れ(GGEなど)が分布の形をどう変えるかを整理する.

前節では,平衡を「力学が自動的に与える結論」ではなく,「どの情報を捨てるか」という記述上の選択として捉えた.この選択を具体化するとき,最初に現れるのが保存量である.平衡統計力学は,状態を保存量(エネルギー,粒子数など)だけで特徴づける.そしてその背後には,「保存量で許される状態空間の中を系が十分に遍歴し,初期条件の詳細を忘れる」というエルゴード性の仮定がある.

本節では,(i) 保存量がなぜ重要なのか,(ii) 保存量の「使い方」がなぜ力学だけでは決まらないのか,(iii) エルゴード性が破れるとき何が起きるのか,を整理する.

保存量が決めるもの:許される状態空間

保存量の存在そのものは,ハミルトニアンの対称性(Noetherの定理)によって力学的に決まる.しかし統計力学で重要なのは,保存量が「状態記述の制約条件」になる点である.例えばエネルギーが保存されるなら,孤立系の運動は(粗視化した意味で)一定のエネルギー殻の上に制限される.平衡統計力学は,その制限の内側で「どの微視的状態がどれくらい実現しているか」を分布として与える.

したがって平衡状態では,保存量以外の情報(位相空間上の初期位置の詳細や,高次の相関など)は原理的には捨てられている.この捨象の強さが,平衡状態で相関関数が強く制限される理由でもある.

保存量の「使い方」は観測スケールに依存する

保存量があるからといって,どの保存量を状態記述に残すべきかが力学だけで決まるわけではない.現実の多体系では,次のような量がしばしば問題になる.

  • 厳密には保存されないが,観測時間の範囲ではほぼ保存される量(準保存量).
  • 有限サイズでは破れるが,熱力学極限で保存則が回復する量.

これらを「保存量として扱うかどうか」は,観測時間・系サイズ・精度に依存する.平衡記述とは,結局のところ「どのスケールで物理を語るか」を先に決めることに等しい.

エルゴード性:初期条件を忘れるための仮定

エルゴード性はしばしば「長時間平均とアンサンブル平均が等しい」と説明される.しかし物理的には,それは次の仮定を表している.

保存量で許される状態空間の中を,系が十分に遍歴し,粗視化された観測量が初期条件の詳細を忘れる.

この仮定があるからこそ,「状態は保存量だけで特徴づけられる」という平衡の主張が意味を持つ.逆に言えば,エルゴード性が破れるなら,保存量だけでは状態を言い尽くせず,初期条件依存や追加の情報が残る.

エルゴード性が破れると何が起きるか

エルゴード性が破れる典型例として,積分可能系,多体局在(many-body localization; MBL),ガラス系などが挙げられる.これらの系では,

  • 初期条件依存が長時間残る.
  • 追加の保存量や制約が実効的に働く.
  • 一つの温度だけでは状態を特徴づけられない.

といった現象が現れる.このとき平衡統計力学はそのままでは適用できず,分布の形を修正するか,あるいは「どの時間・どの観測量に対して平衡的に見えるか」を改めて定義する必要がある.

保存量が多すぎる場合:一般化ギブス分布

積分可能系では,保存量が無限個存在するため,エネルギーだけを固定する平衡分布は一般に正当化できない.その場合,定常状態はしばしば

$$\begin{align} \rho \propto \exp\left(-\sum_i \lambda_i Q_i\right) \end{align}$$

という一般化ギブス分布(generalized Gibbs ensemble; GGE)で記述される.ここから分かるのは,分布の形そのものが「採用する保存量の集合」によって変わるということである.平衡分布は普遍的な一つの形として存在するのではなく,保存量とエルゴード性の仮定によって選び取られる.

Green関数の言語で見た保存量とエルゴード性

Green関数法では,保存則はWard恒等式として現れ,低エネルギーの構造(ゼロモードや保存量に伴う極)を制約する.一方エルゴード性は,初期条件依存が消え,分布関数が単純化されるという形で反映される.平衡ではKMS条件が分布を温度で固定し,独立自由度を大きく減らすが,それはエルゴード性を定義の段階で取り込んだことに対応している.

まとめ

  • 保存量は状態記述の制約条件であり,平衡では保存量以外の情報が捨てられている.
  • どの量を「保存量として扱うか」は観測スケールに依存し,力学だけでは決まらない.
  • エルゴード性は初期条件を忘れるための仮定であり,平衡記述の核心である.
  • エルゴード性が破れると,初期条件依存や追加の保存量が残り,平衡分布は修正される(GGEなど).

次節では,平衡の対称性を確率流の言葉で表現する詳細釣り合いを導入し,定常性との決定的な違いを明確にする.


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