第1章では,Green関数が「摂動計算の道具」というより,因果性を保ったまま観測可能な応答を記述するための理論言語として自然に現れることを見た.しかし多体理論ではしばしば,その前提として平衡統計力学が導入される.
この章の狙いは,平衡を「時間が経てば勝手に到達する状態」としてではなく,何を捨てて何を残すかという記述上の選択と,その選択を正当化する対称性・極限として捉えることにある.その結果として,平衡では相関関数(ひいてはGreen関数)の自由度が大きく減り,次章で扱う虚時間(Matsubara)形式が閉じた計算体系として成立する.
本章の構成 ¶
平衡を「仮定」として定式化し,定常性との違いを明確にする.後に現れる詳細釣り合いとKMS条件を,平衡を特徴づける条件として先取りする.
キーポイント:
- 平衡は力学の結論ではなく記述の前提
- 定常(非平衡定常・局所平衡を含む)と熱平衡の区別
- 平衡が相関関数に課す対称性(詳細釣り合い・KMS)
平衡で「状態は少数の保存量で特徴づく」と言えるために必要な仮定を整理する.保存量の選び方が観測スケールに依存すること,エルゴード性が破れると何が残るかを押さえる.
キーポイント:
- 保存量が許す状態空間と分布の形
- 準保存量・熱力学極限での保存則といった現実的な論点
- エルゴード性の意味と破れ(MBL,ガラス,GGE など)
平衡と非平衡定常状態の差を「過程(遷移)のレベル」で表す条件として詳細釣り合いを導入する.確率流の観点から,定常性がいかに弱い条件かを確認する.
キーポイント:
- 詳細釣り合いの定義と確率流(循環流の不在)
- 定常性との差(定常でもカレントはありうる)
- 統計的時間反転対称性とエントロピー生成への橋渡し
量子系における平衡の決定的条件としてKMS条件を導入し,虚時間シフトが何を意味するかを解釈する.FDTやMatsubara形式への見通しを与える.
キーポイント:
- KMS条件の定義と複素時間での構造
- 熱分布と時間発展が同じ生成子 $H$ で結び付くことの意味
- 平衡で揺らぎと応答が結び付く(FDT)ための前提
章のまとめ ¶
この章で整理したい要点は次の通りである.
- 平衡は「十分待てば到達する」ではなく,捨象と対称性を含む仮定である.
- 平衡記述が成立するためには,保存量の選択とエルゴード性の仮定が必要になる.
- 平衡は定常性より強く,詳細釣り合い(古典)やKMS条件(量子)として相関関数に現れる.
- これらの制約があるからこそ,平衡ではGreen関数の自由度が減り,虚時間形式が強力な言語になる.