Green関数はしばしば「微分方程式や多体問題を解くための便利な計算手法」として紹介される.この見方は正しい.実際,Green関数は線形応答,摂動展開,ダイアグラム計算において極めて強力な計算道具である.
しかし本文章では,あえて別の見方を前面に出す.Green関数は単なる道具ではなく,物理的仮定を表現し,議論の射程を管理するための「言語」である.どのGreen関数を採用するかは,どの仮定を定義の中に組み込み,どの自由度をまだ残すかを選ぶことに対応している.
計算手法としてのGreen関数 ¶
計算手法として見たとき,Green関数の役割は明確である.
- 方程式を解く.
- 応答を計算する.
- スペクトルを求める.
この立場では「どのGreen関数を使うか」「どの順序を選ぶか」は計算の都合として選ばれがちである.Matsubara形式とKeldysh形式の違いも「平衡用か,非平衡用か」という分類で語られることが多い.
言語としてのGreen関数:定義に埋め込まれるもの ¶
ところが,Green関数を「言語」として捉えると,同じ式が異なる意味を持ち始める.Green関数の定義には必ず次の選択が含まれる.
- 時間順序(あるいは経路順序)をどう定義するか.
- 因果性をどのように実装するか.
- どの状態(初期条件)を暗黙に仮定するか.
- どの情報を保持し,どの情報を捨てるか(捨象).
これらは計算上の便宜ではなく,物理的な前提条件である.したがって,形式を選ぶとは「何を仮定したか」を選ぶことに等しい.
Matsubara形式が暗黙に仮定しているもの ¶
Matsubara Green関数を用いるとき,われわれは次のことを最初から受け入れている.
- 系は熱平衡にある.
- KMS条件が成り立つ.
- 状態はカノニカル(あるいはグランドカノニカル)分布である.
- 初期条件の詳細は,長時間の観測可能量には現れない(少なくとも議論の対象から外す).
これらは計算途中で導かれる結果ではなく,定義の段階で埋め込まれている仮定である.この意味でMatsubara形式は非常に強い言語であり,その強さと引き換えに適用範囲が明確に制限される.
Keldysh形式の立ち位置:平衡をまだ仮定していない言語 ¶
Schwinger–Keldysh形式は「非平衡用のGreen関数」と説明されることが多い.しかしより正確には,Keldysh形式は「平衡という仮定をまだ課していない」段階での言語である.前提に置くのは基本的に
- 因果性,
- ユニタリな時間発展,
- トレースとしての期待値,
であり,状態については極力何も決めない.その結果,分布関数が自由に残り,初期条件依存が現れ,同じ応答でも異なる状態が存在し得る.これは欠点ではなく,仮定を削ぎ落とした帰結である.
Matsubara形式は,Keldysh形式の上に追加される一つの強い制約(KMS条件)として位置づけられる.この見方を採ると,Matsubara形式とKeldysh形式の関係は「二者択一」ではなく,論理的な包含関係として理解できる.
本文章の立場 ¶
本文章ではGreen関数法を,物理的仮定を明示化し,平衡と非平衡を統一的に記述するための言語として位置づける.計算技法としての側面を否定するのではなく「どの仮定のもとでその計算が正当化されているのか」「その結論がどこまで一般的に成り立つのか」を自分で判断できる視点を与えることを目標とする.
まとめ ¶
- Green関数は計算手法として有用である.
- しかしその定義には物理的仮定(順序,因果性,状態)が埋め込まれている.
- Matsubara形式は強い仮定を持つ言語である.
- Keldysh形式は仮定を最小限にした言語であり,平衡はその上に追加される制約である.