1.3 相関関数と状態の違い

二点相関を含む有限個の相関関数から状態は一般に一意に定まらないことを確認し,状態(密度行列)と相関が保持する情報の範囲を整理する.

Green関数や相関関数を扱っていると,「相関関数をすべて知っていれば系の状態が分かっているのではないか」という誤解が生じやすい.結論から言えば,通常われわれが扱う有限個の相関関数(とくに二点関数)から,状態が一意に決まるとは限らない.相関関数は状態そのものではなく,「ある状態のもとで観測量がどのように揺らぎ,どのように結びつくか」を要約しているにすぎない.

本節では,(i) 状態とは何か,(ii) 相関関数が与える情報の範囲,(iii) Green関数法が状態に関する仮定をどこに埋め込むのか,を順に整理する.

状態とは何か:期待値を与えるもの

量子力学で「状態」と言うとき,基本になるのは純粋状態 $|\psi\rangle$ である.任意の観測量 $O$ の期待値は

$$\begin{align} \langle O\rangle_\psi=\langle \psi| O |\psi\rangle \end{align}$$

で与えられる.しかし現実の多くの状況では,系は環境と絡み合い,統計混合になる.あるいは非平衡で「どの純粋状態か」を特定しない記述が必要になる.このとき最も一般的な記述が密度行列 $\rho$ であり,

$$\begin{align} \langle O \rangle = \mathrm{Tr}(\rho O) \end{align}$$

と書ける.

ここで重要なのは,状態は

  • すべての観測量の期待値を決める(期待値汎関数としての意味で).
  • 時間発展の初期条件である.

という点である.密度行列は「系がどのように用意されたか」という情報を要約した表現であり,特定の観測量に限定された情報ではない.純粋状態と混合状態の区別は 付録D 純粋状態・混合状態について を参照.

相関関数が与える情報の範囲

二点相関関数

$$\begin{align} \langle A(t)B(t') \rangle \end{align}$$

が与えるのは,演算子 $A$ と $B$ の間の統計的な関係と,その時間依存である.しかしそれは一般に,系の全自由度や初期条件の詳細を一意に定めるものではない.

注意すべき点として「相関関数をすべて知る」という言い方には二つの意味があり得る.

  1. ある限られた種類の相関関数(例えば二点関数)を,すべての時刻で知る.
  2. 演算子の基底として十分な集合に対する期待値(トモグラフィーに足る情報)を知る.

後者であれば,原理的には状態を復元できる.しかし多体物理でGreen関数と言うときに念頭に置かれているのは前者であり,そこから状態が一意に決まるとは限らない.とくに非平衡では,同じ二点相関関数を持ちながら異なる状態が無数に存在し得る.

なぜ相関関数だけでは状態が決まりにくいのか

理由は大きく二つある.

(1) 情報の階層性

状態 $\rho$ は原理的には非常に多くの自由度を持つ.一方,実際に計算・測定される相関関数は有限個,有限次数,有限精度に限られる.これは統計的粗視化であり,不可逆な情報の圧縮である.

(2) 観測スケールへの依存

相関関数は常に観測時間,周波数帯域,空間分解能といったスケールに依存して定義される.したがって,同じ状態でも観測スケールが違えば異なる相関関数が得られうるし,逆に同じ相関関数が得られても状態が同一とは限らない.

例外:ガウス状態では二点関数が「実質的に」状態を決める

ただし,相関関数が状態を強く拘束する重要な例外がある.自由(2次)ハミルトニアンやガウス状態のもとでは,Wickの定理により高次相関が二点相関へ分解される.この場合,二点関数(と一体平均)を知れば,高次相関も含めて多くの観測量が決まるため,「二点関数が状態を決める」と言ってよい.しかし相互作用が本質的な状況では,この単純化は一般に成り立たない.

Green関数は「状態の代替物」ではない

Green関数法は,状態を直接扱わずに相関関数や応答関数だけで議論できるという利点を持つ.しかしこれは「状態を不要にした」のではなく,「状態に関する仮定を定義の中に埋め込んだ」のである.例えば

  • 平衡Green関数では,状態は暗黙にカノニカル(あるいはグランドカノニカル)分布として固定される.
  • Matsubara形式では,KMS条件が状態に強い制約を課す.

この意味で平衡Green関数あるいはMatsubara形式は,状態を置き換えるものではなく,状態に関する仮定を圧縮した表現である.

非平衡でこの違いが顕在化する

非平衡では KMS 条件が成り立たず,分布関数が自由に残り,初期条件依存が消えない.その結果,$G^R,G^A$ だけでは状態は決まらず,状態に関する情報は主として $G^K$(あるいは lesser / greater 成分)に現れる.それでも $G^K$ は,観測された情報に基づく粗視化された分布であって,完全な状態そのものではない.

まとめ

  • 状態は密度行列によって定義され,すべての期待値を決める.
  • 相関関数は状態のもとでの観測量の統計的関係を記述するが,通常は状態を一意に決めない.
  • ガウス状態のような特別な場合に限り,二点関数が実質的に状態を決める.
  • Green関数法は状態を捨てたのではなく,状態に関する仮定を定義に埋め込む言語である.

次節では,この「言語としてのGreen関数」という見方をもう一段明確にし,Matsubara形式とKeldysh形式が何を仮定し,何を仮定していないのかを整理する.


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