前節では,応答が因果性を満たすことを要求すると遅延Green関数が自然に現れることを見た.一方,多体計算では時間順序(time ordering)を用いてGreen関数を定義することが多い.このとき「時間順序=因果性」と誤解しやすいが,両者は概念的に別物である.本節では,因果性と時間順序の役割を切り分け,どこに物理的な因果性が埋め込まれているかを整理する.
因果性:物理的な応答の条件 ¶
物理における因果性とは,端的には「原因が結果に先行する」という要請である.ただしこれは,力学方程式の形式というよりも,観測される応答の性質として現れる.ある時刻 $t'$ に加えた外場が,それより過去の時刻 $t 線形応答理論では,この条件は遅延(retarded)Green関数の形で明示的に書かれる.一般の演算子 $A,B$ に対して と定義する.ここで $[A,B]_{\eta}\equiv AB-\eta BA$ であり,$\eta=+1$ なら交換子,$\eta=-1$ なら反交換子である.観測量(ボース的演算子)の応答では交換子が現れ,フェルミ場の一点関数などでは反交換子を用いる定義が便利である.いずれにせよ,$\theta(t-t')$ が「過去から未来へ」という時間の向きを数式として実装している. 時間順序とは,演算子の積を時刻に従って並べ替える操作である.例えば $T$ を時間順序演算子とすると である.これに基づいて時間順序Green関数 が定義される.ここで強調すべき点は,時間順序は「計算上の定義」であって,それ自体は物理的な因果性を保証しないことである.実際,$G^T$ は $t>t'$ と $t それでも時間順序が重要なのは,摂動展開を一貫して行い,Wickの定理を適用し,経路積分と対応づけるうえで最も都合がよい「計算の器」になるからである. Green関数の定式化において,因果性は主に次の二つの形で現れる. 例えば遅延Green関数は,周波数空間で上半平面に解析的でなければならない.この解析性が,後に Kramers–Kronig 関係やスペクトル表示として具体的な制約になる. 多体計算では,まず $G^T$(あるいは虚時間のMatsubara Green関数や,Keldysh経路上の経路順序Green関数)を計算し,最後に「物理的に観測される組」を取り出すという流れが典型的である.観測可能量が遅延型へ射影されるという見通しを持っていれば,時間順序と因果性の混同は避けられる. 平衡では時間並進対称性やKMS条件のもとで,いくつかの量が強く結びつく.しかし非平衡では,それらの関係が失われるため,「一つの時間順序」だけでは情報が不足する.この不足を補うために,Schwinger–Keldysh形式では実時間上に前進枝と後退枝からなる閉時間経路を導入し,複数の順序(成分)を同時に扱う. この点は「非平衡だからKeldysh形式を使う」というよりも,「平衡という仮定をまだ課していない段階で,因果性を保ったまま理論を構成する」ためにKeldysh形式が必要になる,と理解するほうが本質に近い. 次節では,相関関数が「状態」そのものではないことを明確にし,Green関数がどの情報を保持し,どの情報を捨てる言語なのかを整理する.時間順序:計算するための操作 ¶
物理的因果性はどこに現れるか ¶
非平衡で「順序が増える」理由 ¶
まとめ ¶