1.1 応答関数としてのGreen関数

線形応答と因果性の要請から遅延Green関数(Kubo公式)が導かれ,相関(揺らぎ)と応答の違いを整理する.

Green関数という語は,しばしば「摂動論の道具」や「ダイアグラム計算の言語」として導入される.しかし物性理論でGreen関数が広く使われる理由は,計算上の便利さよりも根本的なところにある.Green関数は,観測可能な「応答」を因果性を保ったまま記述するための最小の理論言語として現れるのである.

本節では,まず線形応答の枠組みを明確にし,その最も基本的な要請である因果性が,遅延(retarded)Green関数の形をほとんど一意に決めることを見る.ここでの議論は平衡を仮定しない.平衡と非平衡の分岐は後の章で現れるが,Green関数が担う役割は最初から非平衡を含むのである.

応答とは何か:外場に対する観測量の変化

物理で「応答」と言うとき,典型的には次の状況を想定している.系に外場(摂動)を加え,その結果としてある観測量がどのように変化するかを調べるのである.例えば,外場 $f(t)$ によってハミルトニアンが

$$\begin{align} H \to H_f(t)=H + f(t) B \end{align}$$

と変化するとき,観測量 $A$ の期待値の変化 $\delta\langle A(t)\rangle$ を知りたい.外場が十分弱いなら,応答は外場に対して線形に展開できる:

$$\begin{align} \delta\langle A(t)\rangle = \int_{-\infty}^{\infty} dt' \chi_{AB}(t,t') f(t') \end{align}$$

ここに現れる核 $\chi_{AB}(t,t')$ が線形応答関数(感受率)である.一般の非平衡では時間並進対称性を仮定できないため,$\chi_{AB}$ は $t-t'$ の関数に簡約されず,二つの時刻に独立に依存し得る.

線形応答は「単なる近似」ではない.微小な摂動に対して観測可能な最初の非自明な情報を与えるという意味で基礎的であり,非線形応答を扱う場合でも理論の骨格はまず線形応答の構造から組み上がる.

因果性が応答関数の形を決める

応答に課される最も基本的な要請は因果性である.原因(外場)が加わるより前に,結果(観測量の変化)が現れてはならない.したがって応答関数は

$$\begin{align} \chi_{AB}(t,t') = 0 \quad (t < t') \end{align}$$

を満たさなければならない.この条件は見た目以上に強い.因果性を満たす最も直接的な実装は,Heaviside関数 $\theta(t-t')$ によって時間の向きを明示することである.

量子論では,外場 $f(t)$ は演算子 $B$ を通じて系に作用する.すると $A$ の期待値の変化は一次の摂動論で交換子に比例する(Kubo公式):

$$\begin{align} \delta\langle A(t)\rangle = \int dt' \left[-\frac{i}{\hbar} \theta(t-t')\langle [A(t),B(t')] \rangle\right] f(t') \end{align}$$

ここで

$$\begin{align} G^R_{AB}(t,t') \equiv -\frac{i}{\hbar} \theta(t-t')\langle [A(t),B(t')] \rangle \end{align}$$

と定義されるものが遅延Green関数である.すなわち,因果的な線形応答は遅延Green関数そのものであり,この形は「そう定義する」という恣意ではなく,「応答を記述したい」かつ「因果性を満たしたい」という要請からほぼ必然的に現れる.

なぜ交換子なのか

Kubo公式では応答が交換子で書かれるが,これは「そう定義したから」ではなく,一次の摂動論を素直に展開すると必ず交換子が現れるからである.ここでは最小限の導出だけ書く.

外場による摂動項を $H_{\mathrm{int}}(t)=f(t) B$ と書いて,ハミルトニアン $H$ に関する相互作用表示を用いると,時間発展演算子は

$$\begin{align} U_I(t,-\infty) = T\exp\left[ -\frac{i}{\hbar}\int_{-\infty}^{t}dt' f(t') B_I(t') \right] \end{align}$$

で与えられる.これを一次まで展開すると

$$\begin{align} U_I(t,-\infty) \simeq 1-\frac{i}{\hbar}\int_{-\infty}^{t}dt' f(t') B_I(t') \end{align}$$

および

$$\begin{align} U_I^\dagger(t,-\infty) \simeq 1+\frac{i}{\hbar}\int_{-\infty}^{t}dt' f(t') B_I(t') \end{align}$$

となる.したがって摂動下での期待値

$$\begin{align} \langle A(t)\rangle_f \equiv \bigl\langle U_I^\dagger(t,-\infty) A_I(t) U_I(t,-\infty)\bigr\rangle \end{align}$$

を一次まで計算すると,一次の変化量は

$$\begin{align} \delta\langle A(t)\rangle = -\frac{i}{\hbar}\int_{-\infty}^{t}dt' f(t') \langle [A_I(t),B_I(t')] \rangle \end{align}$$

となる.両側から挟んだときに「$AB$ と $BA$ の差」だけが残るため,交換子が必然的に現れる.線形応答が消えるのは $\langle [A_I(t),B_I(t')] \rangle$ が全ての $t,t'$ でゼロの場合である(例えば $[A, H] = 0$ で $A$ が保存量の場合は $A_I(t)=A$ となり,$[A,B]=0$ が十分条件になる).

さらに,積分範囲を $\int dt'$ に戻して

$$\begin{align} \int_{-\infty}^{t}dt' = \int_{-\infty}^{\infty}dt' \theta(t-t') \end{align}$$

と書けば,前節で定義した遅延Green関数の形に一致する.

古典極限では交換子はポアソン括弧に対応する:

$$\begin{align} \frac{1}{i\hbar}[A,B] \longrightarrow \{A,B\}_{\mathrm{PB}} . \end{align}$$

交換子が応答に現れることは,「摂動による時間発展(= 生成子 $B$)に対する $A$ の感度が,量子論では非可換性として測られる」という一般原理の具体化でもある.

相関関数と応答関数の違い

ここで相関関数と応答関数を区別しておく.相関関数

$$\begin{align} C_{AB}(t,t')=\langle A(t)B(t')\rangle \end{align}$$

はゆらぎ(fluctuation)を記述する.一方,遅延Green関数

$$\begin{align} G^R_{AB}(t,t')=-i \theta(t-t')\langle [A(t),B(t')] \rangle \end{align}$$

は応答(response)を記述する.両者は関係しているが同一ではない.とくに重要なのは以下の事項である.

  • 相関関数は一般に因果性を持たない(時間順序を内蔵しない).
  • これに対して遅延Green関数は $\theta(t-t')$ によって因果性を内蔵する.
  • 実験的に直接測られるのは,多くの場合,応答(感受率)である.

平衡状態では揺動散逸定理(fluctuation-dissipation theorem; FDT)により相関関数と応答が結びつくが,それは平衡という強い条件があるからであり,一般には両者は独立である.この点は平衡と非平衡の違いを理解する上で後に決定的になる.

物性理論の言語としてのGreen関数

密度行列 $\rho$ や波動関数 $|\psi\rangle$ は原理的には系の完全記述を与えるが,観測可能性の観点では冗長である.すなわち,実験によって得られるのは「状態そのもの」ではなく,外場に対する応答や相関である.遅延Green関数は,観測可能量に直結する形で系の情報を符号化している.

さらに遅延Green関数は因果性という強い構造を最初から持つため,後に現れる解析性(複素周波数平面での性質)やスペクトル表示の議論の土台になる.本文章全体を貫く基本的な見方は,次の一文に要約される.

Green関数は,系の状態を直接記述する道具ではなく,因果性を保ったまま観測可能な応答を記述するための最小の理論言語である.

まとめ

  • 線形応答は外場に対する観測量の変化を記述し,その核が応答関数 $\chi_{AB}(t,t')$ である.
  • 因果性($t
  • 遅延Green関数は交換子を含み,応答が量子系の非可換性で測られることを表す.
  • 相関関数は揺らぎ,遅延Green関数は応答であり,平衡でのみ両者が強く結びつく.

次節では,因果性と時間順序を混同しないための整理を行う.


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