スピン変換とは ¶
さまざまなエネルギーや自由度とスピンを相互に変換することをスピン変換と呼ぶことにします. エレクトロニクスで言うところのトランスデューサーに対応するものです. ただし,「スピン」と言っても,それが内部自由度なのか,角運動量なのか,磁気モーメントなのかは場合によって違いうるので,正確性を期す場合は具体的に明記すべきですが,ここでは簡単のために「スピン」とだけ表記します. 重要なことは,ここで言う「スピン」には電荷を伴わないということです.
純スピン流とその生成方法 ¶
電荷の流れを伴わない純粋なスピン角運動量の流れを「純スピン流」と呼びます. 純スピン流の説明をする前に,よく馴染みのある電流をスピン依存性の観点から眺め直してみましょう. 電流はスピン偏極していない電荷だけの流れです. これはアップスピンとダウンスピンが同じ数だけ,同じ方向に流れていると解釈することができます(下図左).
スピン偏極した電流(スピン偏極電流)というものもあります. これは,たとえば強磁性金属を流れる電流のことです. 強磁性体のなかで,アップスピンの電子の数はダウンスピンの電子の数と等しくないため,電流を流すだけで,その電流はスピン偏極します(下図中央). スピン偏極電流は,電荷とスピンの両方が流れていることになります.
これらを踏まえると,純スピン流は以下のように表すことができます. すなわち,アップスピンの電子とダウンスピンの電子が同じ数だけ,逆方向に流れるような流れとして純スピン流が表されます. この場合,電荷の流れはなく,純粋にスピンのみが流れていることになります.
2000年ごろまでは純スピン流を実験的に生成することは容易ではありませんでした. 純スピン流を生成する唯一の方法として1985年にJohnsonとSilsbeeによって提案されたスピン注入1のみが知られていました. これは現在では「スピンバルブ」と呼ばれる構造を用いたものです. 端的に言えば,強磁性金属を電極にすると,電極に接合された非磁性金属でも化学ポテンシャルがスピンに依存するという現象を利用しています.
2000年前後に,急速に発展した微細加工技術に支えられて数ナノメートル程度の薄膜を用いた強磁性共鳴の実験が行われるようになり,強磁性体に非磁性金属を隣接させた場合,隣接させない場合に比べて強磁性共鳴の線幅が増大する現象が見出されました2. この現象は,非磁性金属のなかにスピン流が生成されたためであると理論的に解明され3,現在ではスピンポンピングとして知られています. すなわち,強磁性体の磁化を強磁性共鳴させることで,隣接した物質に純スピン流を生成することができるということになります.
スピン変換を実現するさまざまな現象 ¶
スピン変換の具体的なものとして,電気・磁気・光・熱・力学的運動とのスピンの相互変換が知られています.
当研究室による研究成果 ¶
関連する論文 ¶
- “Intrinsic and Extrinsic Spin Hall Effects of Dirac Electrons”, T. Fukazawa, H. Kohno, and J. Fujimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 86, 094704 (2017).
- “Nonlocal Spin-Charge Conversion via Rashba Spin-Orbit Interaction”, J. Fujimoto and G. Tatara, Phys. Rev. B 99, 054407 (2019).
- “Magnon Current Generation by Dynamical Distortion”, J. Fujimoto and M. Matsuo, Phys. Rev. B 102, 020406(R) (2020).
- “Thermoelectric Power Generation via Transverse Thermo-Spin Conversions”, J. Fujimoto and M. Ogata, Appl. Phys. Lett. 120, 122404 (2022).
- “Anisotropy of the Spin Hall Effect in a Dirac Ferromagnet”, G. Qu, M. Hayashi, M. Ogata, and J. Fujimoto, Phys. Rev. B 108, 064404 (2023).
- “A Large Modulation of Spin Pumping Using Magnetic Phase Transitions in Single Crystalline Dysprosium”, K. Yamanoi, Y. Sakakibara, J. Fujimoto, M. Matsuo, and Y. Nozaki, Appl. Phys. Express 16, 063004 (2023).
-
M. Johnson and R. H. Silsbee, “Interfacial charge-spin coupling: Injection and detection of spin magnetization in metals”, Phys. Rev. Lett. 55, 17 (1985). ↩︎
-
S. Mizukami, Y. Ando, and T. Miyazaki, “Ferromagnetic resonance linewidth for NM/80NiFe/NM films (NM=Cu, Ta, Pd and Pt)”, J. Magn. Magn. Mater. 226–230, 1640 (2001). ↩︎
-
Y. Tserkovnyak, A. Brataas, and G. E. W. Bauer, “Enhanced Gilbert Damping in Thin Ferromagnetic Films”, Phys. Rev. Lett. 88, 117601 (2002). ↩︎