最終更新日: 2023/02/26
作成日: 2022/07/13

電流渦現象

電流の渦とスピンの相互作用がもたらす新奇な物理現象を調べています.

2種類の電流の渦

電流の渦には2つの種類があります. 一つは古くから知られている渦電流 (eddy current) と呼ばれるもので,電磁気学によって記述されます. 具体的には,導体を磁場中で動かしたり,磁束密度を変化させたとき,渦状の誘導電流が生じ,これが渦電流と呼ばれるものです. Wikipediaの渦電流 によれば,鉄道車両向けのブレーキに応用されて誘導モータとして利用されたりしているとのことです.

もう一つの電流の渦は,流体力学における粘性流体を特徴づける渦度 (vorticity) という量に着目した電流渦 (current vortex) です. 電流渦は,通常の金属が従う Ohm の法則を超えて,電子が流体的なふるまいをすることで生じます. 近年,いくつかの物質を非常に純度を高くすると電子が粘性流体的にふるまう電子流体となることが実験的に明らかとなってきています. 正確には,電流渦がなくても,電流渦度が非ゼロとなる場合(たとえばポアズイユ流れ)があります.本質的に重要なものは,渦度の方です.

また,後述するように,Ohm の法則に従う電流であっても,電気伝導度が空間的に変化している場合は電流の渦度が非ゼロになります.

スピン渦度結合とスピン流生成

渦度は軌道角運動量と同じ対称性を有しているため,スピン軌道相互作用と同じように,スピン渦度結合というものが考えられます. 実際,液体金属の流れによる渦度がスピン流を生じさせることが実験的に示されていたり1 2 3,表面弾性波の持つ渦度がスピン流を生成することが実験的に実証されていたりします4 5. これらは原子の力学的な運動(液体金属の流れや格子振動)に伴う渦度と電子スピンの結合を介してスピン流が生じたと理解されています6 7

原子の力学的な運動に伴う渦度にとどまらず,電子の流れである電流に渦度がある場合にも,スピン流が生成されることが実験的に明らかにされました8. 表面酸化銅という,表面から内部に進むにつれて酸化の度合いが変わる物質は電気伝導度も酸化の度合いにともなって傾斜しており,電流渦度が非ゼロになる状況になっています.

当研究室による研究成果

電流渦度による磁性への作用

これまでスピン渦度結合に基づく現象はスピン流生成やスピン波共鳴のみでしたが,我々はスピン渦度結合を介して磁気スキルミオンの生成消滅が生じる可能性を指摘しました [関連論文1, 2]. これは,ノッチ構造を有する強磁性金属に電流を印加するだけで磁気スキルミオンが生成し,電流の方向を逆にすると生成された磁気スキルミオンが消滅するという実験に端を発しています9

ノッチの角近傍では,Ohm の法則が破綻し,必然的に粘性を考慮に入れなければならないことが流体力学の基礎的な知識から示すことができ,電子流体として取り扱う必要性が出てきます. 電流が電子流体としてふるまうと,それに伴って電流渦度が非ゼロとなります. スピン渦度結合を介して,渦度が磁化に有効磁場として働くことが示せ,電流の印加方向を反転すると電流渦度も反転するため,定性的に実験結果9を説明できます. 有効磁場の大きさを見積り,十分な強さであることも確認しました. さらに,スピン渦度結合を介したDzyaloshinskii-Moriya (DM) 相互作用が誘起されることも示しました. この DM 相互作用は磁気スキルミオンの形状を異方的にする効果があります.

ただ,電子の流れである電流の渦度が,電子自身のスピンと結合するかどうかは必ずしも自明ではありません. 対称性の観点からは許されることは分かっています. 現在のところ,電流渦度とのスピン渦度結合の微視的機構は未解明であり,今後のさらなる研究が待たれます.

関連論文

  1. Junji Fujimoto, Wataru Koshibae, Mamoru Matsuo, and Sadamichi Maekawa, “Zeeman coupling and Dzyaloshinskii-Moriya interaction driven by electric current vorticity” , Phys. Rev. B 103, L220402 (2021)
  2. Junji Fujimoto, Hiroshi Funaki, Wataru Koshibae, Mamoru Matsuo, and Sadamichi Maekawa, “Skyrmion Creation and Annihilation by Electric Current Vorticity” , IEEE Trans. Magn. 58, 1500407 (2022).

スピン流による電流渦生成

スピン流をスピン軌道相互作用の強い物質に注入すると,逆スピンHall効果によって電流に変換されることがよく知られています. これまでは,スピン流の注入は2次元的な面で行われてきていましたが,我々は,0次元的な点でスピン流をスピン軌道相互作用の強い物質に注入することを考えました. ブロックLanczos法と密度行列繰り込み群法を組み合わせた実時間発展の数値シミュレーション [関連論文3]と,非線形応答理論による解析計算 [関連論文4]によって,注入されたスピン流から電流の渦が生成されることを示しました. 注入するスピン流のスピン偏極方向が逆スピンHall効果による場合と異なり,我々の配置は角運動量保存が成り立つことで,電流渦が軌道角運動量を担ったと解釈できます.

関連論文・プレスリリース・受賞

  1. Florian Lange, Satoshi Ejima, Junji Fujimoto, Tomonori Shirakawa, Holger Fehske, Seiji Yunoki, and Sadamichi Maekawa, “Generation of current vortex by spin current in Rashba systems” , Phys. Rev. Lett. 126, 157202 (2021). arXiv:2011.08574
  2. Junji Fujimoto, Florian Lange, Satoshi Ejima, Tomonori Shirakawa, Holger Fehske, Seiji Yunoki, and Sadamichi Maekawa, “Spin-charge conversion and current vortex in spin-orbit coupled systems” , (invited) APL Materials 9, 060904 (2021). arXiv:2103.06540
  3. スピン流で電流の渦を作る ,理化学研究所プレスリリース(2021年4月14日).
  4. 第18回(2024年)日本物理学会若手奨励賞 領域3,藤本純治「電流渦に伴う物理現象の理論的研究」.

  1. R. Takahashi, M. Matsuo, M. Ono, K. Harii, H. Chudo, S. Okayasu, J. Ieda, S. Takahashi, S. Maekawa, and E. Saitoh, “Spin Hydrodynamic Generation” , Nat. Phys. 12, 52-56 (2016). ↩︎

  2. H. Tabaei Kazerooni, A. Thieme, J. Schumacher, and C. Cierpka, “Electron Spin-Vorticity Coupling in Pipe Flows at Low and High Reynolds Number” , Phys. Rev. Applied 14, 014002 (2020). ↩︎

  3. R. Takahashi, H. Chudo, M. Matsuo, K. Harii, Y. Ohnuma, S. Maekawa, and E. Saitoh, “Giant Spin Hydrodynamic Generation in Laminar Flow” , Nat. Commun. 11, 3009 (2020). ↩︎

  4. D. Kobayashi, T. Yoshikawa, M. Matsuo, R. Iguchi, S. Maekawa, E. Saitoh, and Y. Nozaki, “Spin Current Generation Using a Surface Acoustic Wave Generated via Spin-Rotation Coupling” , Phys. Rev. Lett. 119, 077202 (2017). ↩︎

  5. Y. Kurimune, M. Matsuo, and Y. Nozaki, “Observation of Gyromagnetic Spin Wave Resonance in NiFe Films” , Phys. Rev. Lett. 124, 217205 (2020). ↩︎

  6. M. Matsuo, J. Ieda, K. Harii, E. Saitoh, and S. Maekawa, “Mechanical Generation of Spin Current by Spin-Rotation Coupling” , Phys. Rev. B 87, 180402(R) (2013). ↩︎

  7. M. Matsuo, Y. Ohnuma, and S. Maekawa, “Theory of Spin Hydrodynamic Generation” , Phys. Rev. B 96, 020401 (2017). ↩︎

  8. G. Okano, M. Matsuo, Y. Ohnuma, S. Maekawa, and Y. Nozaki, “Nonreciprocal Spin Current Generation in Surface-Oxidized Copper Films” , Phys. Rev. Lett. 122, 217701 (2019). ↩︎

  9. X. Z. Yu, D. Morikawa, K. Nakajima, K. Shibata, N. Kanazawa, T. Arima, N. Nagaosa, and Y. Tokura, “Motion Tracking of 80-Nm-Size Skyrmions upon Directional Current Injections” , Sci. Adv. 6, eaaz9744 (2020). ↩︎ ↩︎

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